京都大学(京大)と科学技術振興機構の両者は11月1日、ヒトにのみ確認されていた"知覚意識のコマ落ち"として知られる「注意の瞬き」現象がサルにもあり、ヒトと同様の「心理物理関数」が現れることを発見したこと、そしてコマ落ち時間はヒトの方が短く、その関数をスケール変換するとサルのコマ落ち関数にフィットすることから、感覚信号が意識の上に上るための処理スピードに種間差があることもわかったと共同で発表した。
同成果は、京大 人間・環境学研究科の小村豊教授、同・知念浩司研究生、同・河端亮良大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。
動画などで、映像が飛ぶコマ落ちが起きることがあるが、こうした現象はヒトの知覚意識でも起こっているという。その一例として知られるのが注意の瞬きで、次々と現れる画像のうち先行する画像に注目していると、数百ミリ秒ほど後続する画像が知覚できないというもので、知覚意識のコマ落ちともいわれる。先行画像に注意を払わなければこのコマ落ちは起きず、先行画像への注意によって、あたかも脳の知覚システムが後続の外界情報を遮断しているように見えることが注意の瞬きという命名の理由である。
ヒトは、日常生活で注意と意識をあまり区別せず使っているが、注意の瞬き現象は、注意を払っている方が意識から消えるので、注意と意識のメカニズムが同一視できないことも示唆する貴重な現象だという。同現象はほかの動物にも存在するのかは不明だったことから、研究チームは今回サルで実験をすることにしたという。
サルに、モニターに次々と現れる画像のうち2枚の画像に注目して複数のバーを用いて報告してもらう二重課題と、1枚の画像に注目してバーで報告するだけでよい単一課題の2条件を、切り替えながら解いてもらうという内容の実験が行われた。すると、二重課題の条件でのみ知覚のコマ落ちが認められたとする。
先行画像と後続画像の提示時刻の差を横軸に、後続画像を正しく報告できた割合を縦軸に取った心理物理関数は、ヒトの場合はU字曲線を示すが、サルでも同様にU字曲線が示されたという。同一画像を提示しても、単一課題条件の時にはフラットな心理物理関数が示されており、知覚のコマ落ちは起きていなかったとする。
その一方でヒトとサルでは違いもあり、サルのU字関数はヒトのものよりも、間延びした曲線になっていた。そこで、それがサルのための特別課題によるものなのか、それともヒトとサルの種間差を示すものなのか検証を行うことにしたという。サルに提示したものとまったく同じ画像を使った同じ非言語的課題がヒトでも実施された。すると、やはりU字曲線の期間がサルの方が長いことが確認され、ヒトとサルには種間差があったことが分かったとする。
この関係を定量的に評価するため、単一課題の成績と二重課題の成績の差を取ってコマ落ちの関数が定義され、2つの時系列データ間の距離と類似度を測定する「動的時間伸縮法」に基づいたアルゴリズムが援用された。その結果、ヒトのコマ落ちの関数を時間軸方向に線形にスケール変換すると、サルのコマ落ち関数によくフィットすることが確かめられたという。
知覚意識の理論の1つに、ヒトの感覚器から入った信号が意識の上に上るためには、処理過程として「情報の固着」が必要で、同過程を経ていない感覚信号は、意識にアクセスされずに減衰していくという考え方があるとする。その理論に従えば、注意の瞬きの時間は、脳が先行画像の意識化のために要している間、後続画像が意識にアクセスできない現象を反映しているということになるとした。
その観点からコマ落ち関数の種間差の結果を解釈すると、先行画像の感覚情報を意識情報へ変換するスピードが、サルよりもヒトの方が速いということになる。同時に、両者の差はスケール変換だけなので、裏を返せば、サルとヒトの知覚意識システムはスケール不変の性質を共有していることを意味しているとした。
今回の研究成果は、意識の進化的側面に関する知見を提供しているとする。ヒトの発達と霊長類の進化で拡大する脳領域は、しばしば重複することが知られており、この領域が知覚意識に関わることが予想されるとした。
また広く感覚情報処理の種間差に関わる研究を調べると、視覚・聴覚を問わず、脳の感覚応答の初期成分は、サルの方がヒトより速いことが知られている。そのことは今回の研究結果とは逆のように見えるが、初期応答成分は意識に関わらないことが多くの研究から示されているため、今回の知見からより遅れた応答成分が感覚情報を意識情報に変換させることに関わっていることが予想されるという。研究チームでは今後、その詳細を明らかにしたいと考えているとした。