沖縄科学技術大学院大学(OIST)は10月31日、感覚ニューロン(神経細胞)の生存と病態が、細胞内におけるmRNAの輸送方法と関連があることを発見したと発表した。

同成果は、OIST 分子神経科学ユニットのサラ・アブデラール大学院生、同・ローラン・ギヨー博士、同・マルコ・テレンツィオ准教授、OIST 膜生物学ユニットの河野恵子准教授、理化学研究所のウー・イボ博士(現・スイス・ジュネーヴ大学所属)らの共同研究チームによるもの。詳細は、プロテオミクスに関する全般を扱う学術誌「Molecular & Cellular Proteomics」に掲載された。

神経細胞には軸索と呼ばれる長い突起があり、その中をタンパク質、RNA、オルガネラ(細胞内小器官)など、細胞を構成するさまざまな成分が行き交っている。細胞の中心部から末端へ、あるいはその逆へと細胞の構成成分が行き交う様子は、道路のネットワークとそこを走って荷物を輸送するトラックなどに例えられる。最も重要なトラックに例えられるのが、巨大タンパク質複合体の一部である「ダイニン」で、神経細胞の末端部分からその中心へと「荷物」を運ぶ役割を担っている。この輸送システムが機能不全に陥ると、数種の神経変性疾患を引き起こす可能性があるという。

巨大で複雑なタンパク質であるダイニンは、サイズで分類された複数のサブユニット(鎖)で構成されている。テレンツィオ准教授らがこれまで研究を進めてきたのが、ダイニンの一部である「ダイニン軽鎖ロードブロックタイプ1」(DYNLRB1)と呼ばれるサブユニットの役割だ。これまでの研究から、DYNLRB1が神経細胞の生存に不可欠であることが解明されたが、そのメカニズムは不明なままだったという。

  • ダイニンは複数の軽鎖からなる

    ダイニンは2本の重鎖(水)、2本の中間鎖(黄)、4本の中間軽鎖(緑)とダイニン軽鎖ロードブロックタイプ1(DYNLRB1、オレンジ)を含む複数の軽鎖からなる(出所:OIST Webサイト)

そうした中で研究チームで立てたのが、ダイニンがトラックなら、DYNLRB1はその移動能力や荷物を運ぶ能力に影響を与える可能性があるという仮説だった。今回の研究ではその仮説を裏付けるため、DYNLRB1と相互作用するタンパク質を調べることから始めることにしたという。

相互作用するタンパク質が複数ある中で注目されたのが、「脆弱Xメッセンジャーリボ核タンパク質1」(FMRP)だ。そしてFMRPそのものとmRNAによって形成されているのがFMRP顆粒だ。なおFMRPは、神経発達障害(脆弱X症候群)や神経変性疾患(脆弱X関連振戦/運動失調症候群)に関連しており、神経生物学の分野ではよく知られたタンパク質だとする。そして今回の研究では、そのFMRPがダイニンが運んでいる荷物の一部であることが判明した。

これまで、軸索にはRNAやタンパク質の合成装置はなく、これらのプロセスのほとんどは神経細胞の核の近くで起こると考えられてきた。ところが最近になって、軸索にさまざまなRNA分子が存在することが発見された。細胞の中心部でタンパク質を合成し、できあがったタンパク質を神経細胞の先端まで輸送することは、長い神経細胞にとっては大きな荷物をトラックに載せて運ぶようなもので、多大なエネルギーが必要となるという。そこで、神経細胞はタンパク質の代わりにmRNAを輸送するのだ。mRNA1つで複数のタンパク質を作り出す鋳型となることから、合成されたタンパク質よりもmRNAを輸送する方が、理論的には細胞にとって消費エネルギーの節約になるのである。

  • 正常な感覚ニューロンと正常でない感覚ニューロンの模式図

    正常な感覚ニューロンと正常でない感覚ニューロンの模式図。正常でないニューロンでは、DYNLRB1として知られるダイニンのサブユニットが欠損(または機能不全)しているため、FMRPが動けなくなり、蓄積する。これにより神経障害が引き起こされる可能性がある(出所:OIST Webサイト)

なおFMRPはこれまで、細胞の中心から末端へ輸送されると考えられていたが、今回は末端から中心へと輸送される逆の輸送も発見された。

最後に、DYNLRB1の除去が行われたところFMRPが失速し、感覚ニューロンの細胞体と軸索に蓄積することも発見された。FMRPに結合したmRNAが動けなくなると、タンパク質の生合成(翻訳)ができなくなるため、DYNLRB1が神経細胞の健全性にとって重要な役割を果たしているという仮説が立てられた。つまり、DYNLRB1が損傷すると、必須タンパク質の合成が阻害されてしまうため、ニューロンの生存が危ぶまれることになるという。

  • コントロール群の感覚ニューロンと、DYNLRB1が欠損した感覚ニューロンの比較画像

    コントロール群の感覚ニューロンと、DYNLRB1が欠損した感覚ニューロンの比較画像。緑色の部分がニューロンで、FMRP顆粒(FMRP puncta)は白点として可視化されている。DYNLRB1が欠損するとFMRPの数が増え、より大きな顆粒となってニューロンに蓄積し、ニューロンの生存を脅かす(出所:OIST Webサイト)

次の研究課題は、DYNLRB1が機能不全または欠損している場合に、生成されないタンパク質はどれかを解明することだとする。今回の研究成果は、神経細胞の生存とその延長線上にある神経細胞の死の背景を理解するのに役立つという。将来的には、神経変性疾患に対する新たな治療アプローチの開発に活用できる可能性もあるとしている。