情報通信研究機構(NICT)は10月30日、超伝導ストリップ光子検出器において、ストリップ幅を広くしても高効率に光子検出が可能となる新奇構造を創案し、ナノストリップ型に比べて200倍以上ストリップ幅が広い「超伝導ワイドストリップ光子検出器」(SWSPD)の開発に成功したと発表した。
同成果は、NICT 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター 超電導ICT研究室の藪野正裕主任研究員、同・知名史博研究員、同・寺井弘高上席研究員、同・三木茂人室長らの研究チームによるもの。詳細は、詳細は、光学とフォトニクスによって実現される量子情報科学技術に関する成果を扱うオープンアクセスジャーナル「Optica Quantum」に掲載された。
光子検出技術は、現在、世界規模で研究開発が進められている量子情報通信、および量子コンピュータに留まらず、蛍光色素を用いた生細胞観察、深宇宙光通信、レーザセンシングなど、多岐にわたる先端技術分野においてイノベーションをもたらすための戦略的基盤技術として位置づけられる。
NICTではこれまで、100nm以下のストリップ幅をもつ超伝導ナノストリップ光子検出器(SNSPD)の研究開発を実施しており、その結果、他の光子検出器を凌駕する性能を実現することに成功し、量子情報通信技術などへの適用によってその有用性を実証してきたとする。しかしSNSPDの作製においては、高度なナノ加工技術によってナノストリップ構造を形成する必要があり、検出器性能のばらつきを生じさせ、生産性の向上を妨げてきたという。また、ごく長い1本のストリップがつづら折り状に折り返しながら配置されている“メアンダ状”の超伝導ナノストリップ構造に起因し、入射光子の偏光状態によって検出効率が変動してしまう偏光依存性が存在することも、光子検出器としての応用範囲を狭める原因となっていた。
そこで今回研究チームは、超伝導ストリップから構成される光子検出器において、ストリップ幅を拡大しても高効率に光子を検出できる「高臨界電流バンク(HCCB)構造」と呼ばれる新奇構造を創案。これにより、従来のナノストリップ型から200倍以上のストリップ幅となる幅20μmのSWSPDを開発し、高性能動作に成功したとしている。
研究チームによると、これまで研究開発が進められてきたSNSPDは、ストリップ幅100nm以下の極めて長い超伝導ナノストリップをメアンダ状に形成する必要があったのに対し、新開発のSWSPDでは、短い超伝導ストリップ1本だけで形成できるようになったという。
これにより、ナノ加工技術を必要とせず、生産性の高い汎用多岐な光リソグラフィ技術によって光子検出器を作製することができるとのこと。さらに、ストリップ幅が光ファイバから照射される入射光スポットよりも広いため、1本の短い超伝導ストリップで受光部を形成することが可能となり、SNSPDにおいてみられていた偏光依存性を無くすことが可能になったとする。
なお研究チームがこのSWSPDの性能を評価した結果、通信波長帯(λ=1550nm)における検出効率は78%だったとのこと。これはSNSPDでの検出効率(81%)とも遜色ない性能であり、さらにタイミングジッタにおいてはSNSPDよりも優れた数値を示したとしている。
研究チームは今回の成果について、量子情報通信をはじめとした先端技術分野において必要不可欠な光子検出技術とされていたSNSPDよりも優れた性能・特徴を有したSWSPDを、より高い生産性のもとで作製できるようになったとする。また量子ネットワークや「ネットワーク型量子コンピュータ」の実現に向けて、必要な高性能光子検出器の数が今後飛躍的に増大することが予想される中、今回の技術がそうした要求に応えられるものと期待されるという。
そして今後は、SWSPDにおけるHCCB構造のさらなる探索を実施し、通信波長帯だけでなく、可視光から中赤外光に及ぶ広い波長帯において高効率に光子の検出が可能な技術の開発を目指すとともに、受光部のさらなる拡大によって、深宇宙光通信技術やレーザセンシング、生細胞観察などさまざまな先端技術分野への適用を目指すとしている。