立命館大学は10月27日、野球の「送球イップス」の症状が高い者の特徴を心理的要因や社会的環境要因から検討を行い、同イップスの症状が強い者は、「送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思う程度が高い」、「自らの思考に囚われる傾向が強い」、「ミスに対してチームメイト、コーチ、監督から叱責されることが多い」という3つの特徴を有していることが明らかになったと発表した。
同成果は、立命館大大学院 人間科学研究科の井上和哉助教らの研究チームによるもの。詳細は、臨床スポーツ心理学に関連する全般を扱う学術誌「Journal of Clinical Sport Psychology」に掲載された。
イップスとは、スポーツのパフォーマンスにおいて、微細な運動技能を実行する際に影響を及ぼす心理および神経筋の障害と定義されている。野球の場合でいえば、ボールを思う通りに投げることができない、ボールを叩きつけてしまう、暴投してしまうなどが挙げられる。
そのイップスの経験者は多く、中学野球選手の42%、大学野球選手の47%が症状を経験していることが報告されている。イップスは、競技パフォーマンスの著しい悪化や競技からの引退を招く原因になる場合もあり、イップスを抱える競技者への支援は喫緊の課題となっている。しかし、残念なことにいまだにイップスに対する有効な支援方法は確立されていない。イップスは完璧主義傾向、自意識の過剰や特性不安、反芻などとの関連が報告されているが、有効な心理的支援の方法を見出すことができていないという。
そこで今回の研究では、完璧主義や自意識の過剰、反芻などを認知行動療法の1つである「Acceptanceand Commitment Therapy」(ACT)の観点から捉え直し、イップスとACTにおいてターゲットとする変数との関連性を明らかにすることで、イップスに対する効果的な心理的支援の糸口を見出すことを目的として研究を進めることにしたとする。
今回の研究では、中学生から社会人の野球経験者292名(男性278名、女性14名、平均年齢=23.15歳)を対象とし、中学、高校、大学、社会人の野球チームに対して、アンケート方式で回答が求められた。
またイップスの心理的指標としては、投・送球障がい兆候尺度(賀川・深江、2013)が使用された。得点が高いほど、イップスに関連する心理的な症状が高いとされた。そしてイップスの行動的な指標としては、送球ミスの程度(塁間以下の送球と塁間以上の送球について、10回の送球のうち、何回送球ミスがあるか)が測定された。
さらに独立変数として、「Acceptance and Action Questionnaire-II」(AAQ-II;嶋ら、2013)と、「Cognitive Fusion Questionnaire」(CFQ;嶋ら、2016)の2つが用いられた。前者は、得点が高いほど、体験の回避(自らの思考や感情を過度にコントロールしようとする)の傾向が高いことを、後者は得点が高いほど、認知的フュージョン(思考へのとらわれ)の傾向が高いことを示すものだ。
価値に基づいて送球している程度(1.野球を楽しめている程度、2.送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思っている程度(逆転項目)、3.送球に対して楽しさを実感している程度)について、それぞれ1項目の簡易的なアンケートが使用された。
社会的要因(1.ミスに対するコーチ、監督からの叱責の程度、2.ミスに対するペナルティの程度、3.レギュラー争いの程度)について、それぞれ1項目の簡易的なアンケートが使用された。
今回の調査の結果、どのイップスに関する症状に対しても、イップスの傾向が強い人は、以下の3点が明らかになったという。
- 送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思う程度が高い
- 自らの思考に囚われる傾向が強い
- ミスに対してチームメイト、コーチ、監督から叱責されることが多い環境にいること
今回の調査の結果から、イップス症状の緩和に対し、以下の3点が重要である可能性が示唆されたとした。
- 失敗しないようにスポーツをするのではなく、スポーツを行う本来の目的を見直すこと 2, 思考と距離を置くこと
- ミスに対する叱責といった指導の在り方の改善
今回の研究結果は、認知行動療法の1つであるACTの観点からイップスに対する支援を行うことができる可能性の示唆や、スポーツの指導方針の在り方を提案するものとする。イップスに対する支援の需要性の高さから社会的意義は大きく、スポーツ領域に対する心理的支援の波及効果も期待されるとしている。