宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月27日、複雑なX線スペクトル変動を示す活動銀河核「Mrk 766」の中心構造を解明するため、欧州宇宙機関(ESA)および米国航空宇宙局(NASA)のX線天文衛星による15年分のアーカイブデータを再解析した結果、部分的に視線を覆うことでX線の一部を吸収する物質や、中心からの物質の吹き出しによるX線吸収に加えて、今まで扱われてこなかったX線散乱成分を考慮することで、15年の全観測期間のX線観測データをシンプルなモデルで統一的に説明することに成功したと発表した。
同成果は、東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻の望月雄友大学院生(兼・JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙物理学研究系所属)、ISAS 宇宙物理学研究系/東大大学院 理学系研究科 天文学専攻の海老沢研教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立天文学会が刊行する天文学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に掲載された。
中心領域が幅広い波長で非常に明るく輝いている銀河は「活動銀河」と呼ばれ、その中心領域は活動銀河核という。激しく輝くのは膨大なエネルギーが放射されているためで、そのメカニズムとしては、銀河中心に位置する超大質量ブラックホールが周囲の物質を大量に取り込んで降着円盤を作り、重力エネルギーが解放されるためと考えられている。
その一方で、活動銀河核からは逆に物質が吹き出す流れもある。「アウトフロー」と呼ばれるその流れにより、物質が広く外側に輸送されることで、銀河全体の星形成に影響を与えると考えられている。アウトフローの影響を解明するためには、その構造や周囲の物理状態を詳しく知る必要があることから、研究チームは今回、複雑なX線スペクトルを示すことで知られている活動銀河核Mrk 766のX線観測データを解析し、詳細に調べたという。
X線は、薄い物質を透過し濃い物質には吸収されるため、活動銀河核中心の高温プラズマから発生するX線の吸収を調べることによって、周辺構造の推定が可能になる。Mrk 766からのX線は、その明るさが時間と共に変化していることが観測から明らかにされており、アウトフローが起こっていることを確認済みだ。しかし、15年間という全観測期間で、これらのX線スペクトルを統一的に説明し、中心構造を解明することはできていなかったとする。
今回の研究では、周辺物質によるX線吸収について、JAXAが保有するスーパーコンピュータ「JSS3」を用いたシミュレーションが行われ、それを記述するモデルが作成された。そして同モデルを観測データに適用した結果、3種類の吸収体を考慮することで、すべての観測データを説明できることが判明したという。
そのうち1つ目は、視線の一部を覆うことで部分的にX線を吸収する部分吸収体だ。内部に3層構造を持つ部分吸収体が視線上を覆い隠す割合が変化することによって、一見複雑なX線スペクトル変化を説明できることが発見されたとする。
2つ目は、光の速さの約10%の速度(秒速約3万km)を持つ高速のアウトフローだ。このアウトフローを考慮することで、ドップラー効果によって波長が短くなった吸収線を説明することに成功したとのことだ。
そして3つ目は、比較的遠方に存在していると考えられている温かい吸収体(Warm absorber)による吸収としている。
さらに、Mrk 766には幅の広がった鉄の輝線構造が存在しており、その起源について長年論争が続いていたというが、今回の研究によって、遠方にある中性の物質の散乱による細い輝線と、降着円盤によって広がった輝線に加えて、やや広がった輝線構造が存在していることが明らかにされた。また、先行研究で行われたアウトフローの輻射流体シミュレーションと比較した結果、この構造はアウトフローによるX線の散乱成分であることが突き止められたという。
今回の研究では、活動銀河核であるMrk 766の15年間にわたるX線観測データをすべて説明できるモデルとして、遠方の散乱体、部分吸収体、降着円盤、アウトフロー、温かい吸収体からなる描像が提案された。さらに、アウトフローの吹き出す量、速度、角度について制限することにも成功し、部分吸収体がアウトフロー起源であることが裏付けられた。
研究チームによると、今回の研究で示唆されたアウトフローの散乱成分は、ほかの活動銀河核でも同様に存在することが考えられるため、幅の広い鉄輝線から推定されていた従来の構造は補正される可能性があるという。さらに、2023年9月に打ち上げに成功したJAXAのX線分光撮像衛星「XRISM」によって、アウトフローの駆動メカニズムや、アウトフロー内部の状態を解明することで、活動銀河核の中心構造の理解が進むことが期待されるとしている。