近畿大学(近大)水産研究所は、ニホンウナギの種苗生産研究に取り組む中で、7月6日に人工種苗から養成した親魚より仔魚を得ることに成功したことを発表。10月26日には記者会見を開催し、大学としては初となる完全養殖を達成したことを報告した。
暗礁に乗り上げていた近大のウナギ養殖研究が再加速
日本の食文化において欠かすことのできない食材であるウナギは、国内消費量のうち99%以上を養殖に依存している。そうしたウナギの養殖において、すべての種苗はシラスウナギと呼ばれる天然の稚魚が用いられているが、近年はそのシラスウナギの漁獲量が著しく減少しており、ウナギ養殖に必要な種苗を確保するため、「完全養殖」の実現が望まれている。
ウナギの完全養殖を目指す研究は古くからおこなわれており、1973年に北海道大学が人工ふ化に成功した。その後、2002年には水産機構(当時:水産総合研究センター)がシラスウナギまでの育成に成功し、2010年には完全養殖の実現を発表している。しかしながらこの完全養殖において、実用的なコストでの大量生産には至っていないという。
その背景には、養殖におけるウナギ特有の課題がある。飼育環境では性成熟しない親魚を催熟させる必要があること、良質な卵の獲得が難しいこと、大量飼育が難しいことなど、養殖の各段階において困難な点が存在し、特に仔魚については、その飼育のために最適な飼料がいまだ判明しておらず、効率的な成長が実現できていないというのだ。
そんな中、近大水産研究所では、1976年から白浜実験場にて日本ウナギの種苗生産研究を開始し、1984年と1998年には採卵・ふ化に成功していた。しかしそれらの研究では、仔魚が餌を食べ成長するまでには至らず、それ以降近大でのウナギ養殖に関する研究は中断していたという。
だが2018年、ウナギの完全養殖に成功した水産機構でその研究に携わっていた田中秀樹氏を、同研究所 浦神実験場の教授として迎え入れたのを契機として、ウナギの種苗生産研究を再開。水産機構が開発・公表しているウナギ養殖に関する技術情報をもとに研究を進め、2019年9月には、天然ウナギの卵の人工ふ化に成功したとする。
養殖した仔魚は100日生存し完全養殖に成功!
その後は研究設備の小規模拡大などを行いながら、ふ化したウナギの長期飼育を実施。順調に成長したウナギが見られたことから、2022年9月より雌雄を親魚とするため成長の良いものから催熟を開始。飼育条件下では性成熟が進まないウナギに対し、他の生物から得たホルモンを投与して成熟を促すことで、2023年7月に受精卵を得ることができたという。そして翌日には仔魚がふ化し、完全養殖の成功に至ったとしている。
なお近大水産研究所によると、8月3日・8月24日にも養殖ウナギのふ化を確認したとのことで、生存率にばらつきはあるものの、いずれのタイミングでふ化した仔魚も一定数生存している。中でも7月にふ化した仔魚はすでに飼育期間が100日を超えており、同研究所の升間主計所長(特任教授兼任)によると「100日以上育つことができれば、シラスウナギへの変態の確率が非常に高くなったため、今回の報告に至った」と話す。
安定的なウナギ養殖にはまだまだ多くの課題も
今回の発表について、田中教授によれば「養殖の方法は水産機構と比べて変わったところはない」といい、そのため課題も多く残されているとする。特に仔魚用の飼料については、現在用いているものがスープのような液状物質のため、水槽中に拡散して水を汚してしまうなどの課題があり、物性の向上に向けた研究も進んでいるという。将来的な展望や具体的な実用化時期などについては「まだ語れる段階ではない」とし、新たな飼育方法の開発や、仔魚の生存率向上による飼育コストの削減など、ひとつずつ課題をクリアしていく姿勢を見せた。
また升間所長は、近大が完全養殖に成功し飲食店での展開なども広がるクロマグロなどと比べ、「ウナギの養殖技術はまったく異なるレール上にある」と話し、商業的な戦略に乗り出す可能性は現時点では考えていないとする。しかし、シラスウナギの安定した生産技術を確立することで、“持続可能なウナギ養殖”の実現に貢献していきたいとしている。