北海道大学(北大)は10月18日、冬眠する哺乳類の「シリアン(ゴールデン)ハムスター」(以下、ハムスター)において、冬眠を経験すると体温の日内変動リズム(日周リズム)が夏型になることを見出したと発表した。
同成果は、北大大学院 環境科学院の中川哲大学院生(北大DX博士人材フェローシップ生)、同・大学 低温科学研究所の山口良文教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立協会の刊行する生物学に関する全般を扱う学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載された。
ハムスターのような動物が冬眠から明けると、冬眠前の冬季の日長である短日とは異なる、夏季の長日に近付いた昼夜の明暗サイクルにいきなりさらされることになる。このような冬眠前後における環境変化に対し、冬眠を終えた哺乳類がどのように適応しているのかは不明だった。
そこで研究チームは今回、気温や明暗などの操作で人工的に冬眠させたハムスター(冬眠個体)から取得した長期間・高解像度の体温データを用いて、冬眠前後の体温日周リズムの変化を調べることにしたという。なお、一部の「不冬眠個体」のハムスターも比較検証に用いられた。
まず冬眠個体において、冬眠期とその前後の日周リズムが調べられると、冬眠開始直前まであった日周リズムは冬眠期には見られなくなり、終了直後に回復することが確認されたという。また、体温日周リズムの位相の推移が調べられたところ、冬眠開始前には短日に同調した位相となった後、長期間の冬眠を終えた直後に約4時間前進する位相シフトを示すことが明らかにされた。この一度前進した日周リズムの位相はその後、再び短日に同調したという。一方、不冬眠個体でも短日への同調は見られたが、冬眠個体の冬眠明けに見られた位相シフトは、まったく観察されなかったとした。
日周リズムの位相シフトは、時差のある地域への移動による時差ぼけの解消や、日長の季節変化に伴って生じる。しかし今回の実験では、光の日長や位相は冬眠前後で一定だったため、冬眠明けにみられる位相シフトは、外界環境には依存せずに自発的に生じたことが示唆されたとする。
また、冬眠終了後に位相前進して回復した体温日周リズムは、短日寒冷の冬条件が継続しているにも関わらず、夏条下で見られる夏型に戻っていたことから、冬眠を経験すると体温日周リズムは、自発的に長日同調した夏型へと変化することが示されたとした。
続いて、何がこの夏型への体温リズム変化を担っているのかが調べられた。最後の深冬眠から目覚めた時刻は個体ごとに異なり、関係がないことが判明。次に、光や明暗周期が冬眠終了時の体温リズムに与える影響を評価するため、寒冷環境で冬眠中のハムスターが恒暗条件へ導入された。その結果、恒暗条件下でも、冬眠終了に続く体温の日周リズムの回復が見られたという。明暗周期がなくても生じたことから、内因性の「概日リズム」によるといえるとした。また、回復した体温日周リズムの位相は、個体間で異なっていたとする。
以上の結果から、冬眠明けの体温日周リズムの回復は、概日リズムの回復によると同時に、その位相は光のタイミングが夏型の体温日周リズムに変換されることによることが示された。つまり、冬眠を経ることで、ハムスターの明暗周期に対する応答が夏型へと変化するといえるとした。
今回の成果は、ハムスターが長い冬眠を終え巣穴からでてくる時の日長にあらかじめ適応していることを意味しているという。これによって、冬眠を終えて地上の昼夜の明暗サイクル下に出現した後、ハムスターは"時差ぼけ"や"季節ぼけ"を経験せずに春の活動期にスムーズに移行できることが考えられるとする。
このように、寒さや餌の不足に応じて開始される哺乳類の冬眠は、単に消費エネルギーを節約して冬季を耐え抜くその場しのぎのものではなく、冬眠後に迎える環境への適応機構をも内包したより包括的なプログラムであることが、今回の研究により示唆された。
今回見られた現象の背後に、概日リズムに関与する視床下部の「視交叉上核」をはじめとするさまざまな部位のどのような変化が潜んでいるのか、今後、遺伝子や組織の変化について調べていくことで、明らかにできることが期待されるとした。
また今回の成果から夏型へと自発的に回復する脳内機構などを解明していくことで、ヒトの冬季うつ症と冬眠の関連性の検証や、冬季うつ症の緩和に繋がる新たな知見を得られる可能性があるとしている。