キヤノンは10月19日にパシフィコ横浜ノースで「Canon EXPO 2023」を開催する。本稿では開催に先立ち、東京国際フォーラムで行われた同社 代表取締役会長兼社長 CEOの御手洗冨士夫氏の基調講演の内容を紹介する。
8年ぶりの開催となる「Canon EXPO」
まず、御手洗氏は「前回は2015年の開催で今回は8年ぶりとなります。当初は2022年に開催を予定していましたが、パンデミックの影響もあり今年の開催となりました。今回、大々的に開催できることを嬉しく思います」と述べた。
続けて、同氏は「直近の3年間は世界が大きく転換しました。誰もが想定できなかったパンデミックや、ロシアによるウクライナ侵攻、最近では中東における大規模な紛争が懸念されています。新型コロナウイルス前のパンデミックは1918年のスペイン風邪で、ウクライナ侵攻は第一次世界大戦を彷彿とさせるようなものです。歴史は繰り返されており、100年前に戻りつつあると述べる人もいます。しかし、当時のスペイン風邪は誰にも理由が分かりませんでしたが、新型コロナウイルスは構造が特定されて2年程度でワクチンが開発されました。ウクライナ侵攻では、西側諸国が結束してウクライナを支援し、停戦を求めています。歴史は繰り返しているように見えながらも人類社会は確実に進歩しています」と強調した。
御手洗氏によると、日本経済も大きな転換点を迎え、失われた30年から脱却しつつあるという。同氏は「GDPは過去30年間は500兆円台を抜け出せなかったものの、近いうちに600兆円に達することが予測されています。企業収益は過去最高準であり、株価も高く、税収も過去最高であることから、2023年は日本経済がデフレから脱却し、力強く成長を取り戻すことができるか正念場の年です」との見解を示した。
企業経営で今後の課題に備えるべき4つのキーワード
国内外で転機を迎える中で、企業経営の観点から具体的にどのような課題に備えるべきという点に関して、同氏は「世界平和の維持」「グローバリゼーションの再構築」「資本主義のあり方」「ウェルビーイングの実現」の4つを挙げている。
世界平和の維持
世界平和の維持について、同氏は21世紀の現代において企業経営として世界平和について深く考えるとは思いもよらなかったという。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は対処すべき問題であるほか、中東でもパレスチナとイスラエルの軍事衝突が発生し、地域紛争に発展するリスクが高まっている。
ロシアによるウクライナ侵攻はエネルギーの供給途絶リスクや資源価格の高騰、サプライチェーンへの影響をはじめ、世界的にインフレが進み、企業経営にも甚大な影響が出ている点を指摘している。中東情勢の緊迫も長期化すれば原油供給不安が高まるとのことだ。
御手洗氏は「力による現状変更は決して許されるべきではなく、歴史を振り返れば戦争後は新たな世界秩序が形成されることが多くあります。ウクライナ侵攻は国連の存在を完全を無視しており、国際社会が築き上げてきた法の支配にもとづく秩序を維持するためにも、日本が強いリーダーシップを発揮するべきです」と話す。
グローバリゼーションの再構築
グローバリゼーションの再構築では、同氏は企業が国境を超えて活動できる環境は世界経済の持続的な成長にとって必要不可欠な基盤だという。日本は自由貿易体制のもとで戦後復興、そして高度経済成長を成し遂げてきた経緯もある。現在ではグローバリゼーションが進展し、世界中が豊かになり中間層のライフスタイルが浸透しているものの、2008年のリーマンショックを機に、世界経済は分断の傾向を強めてきていると指摘。
このような状況をふまえ、御手洗氏は「分断の最たるものは米中間の対立です。貿易からハイテクノロジー、安全保障、人権問題と大きく広がってきており、これが進むと経済の分断、いわゆるデカップリングになりかねません。5月の広島サミットではデカップリングではなく、デリスク(リスク軽減)が打ち出され、全面的な分断を防ぎ、リスクを可能な限りコントロールしていこうという試みです。これは現時点で最善の方法です。しかし、経済のグローバリゼーションを再構築することは必要です」と語気を強める。
同氏によると、世界経済の発展はグローバリゼーションとともに存在し「時には敵対があったとしても、大局的な観点からすればグローバリゼーションは歩みを止めることはなく、日本では戦後に自由貿易の恩恵を享受して復興を実現しています。21世紀には複数のメガ自由貿易としてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)やRCEP(地域的な包括的経済連携)の締結を主導し、日本こそがグローバリゼーションの再構築に向けて力を尽くすべきときです」と説明した。
資本主義のあり方
資本主義のあり方に関しては、近代資本主義の誕生以降、世界は人類が体験したことのない経済成長を達成し、豊かさを享受してきたものの、昨今では資本主義の負の側面として極端な儲け資本主義による格差拡大、地球環境や生態系へのダメージが問題視されるようになっている。
資本主義経済においては、人々に豊かさをもたらすとともに、経済を成長させていく原動力となるのは民間企業であり、それをけん引する経営者のアニマルスピリットだという。企業は社会に新しい価値を提供し、社会課題を解決する事業を通じて利益を生み出すことが至上命題とのことだ。
御手洗氏は「正しく動くだけではなく、ステークホルダーと良好な関係を構築することがポイントです。ステークホルダーのうち最も重要なのは従業員であり、働く企業自体が人々の生き生きとした暮らしを支える大切な場所です。企業は社会の公器であると言われ、当社はそれを実践しており、近年では事業拡大のために世界において企業買収を積極的に進めてきました。買収した企業を尊重して従来通り働いてもらい、協力しながら統合のシナジー効果を図っています」と胸を張る。
また、リスキリングについても同社は以前から社内において職種選択を伴う研修型キャリアマッチング制度をスタートしており、2016年には社内転職を促進するための学校を設立。元の職場を離れて一定期間は専門技術の取得に専念できる体制を構築し、現在では数百人の卒業生が自身の能力に合致した新しい職場で活躍しているという。
ウェルビーイングの実現
ウェルビーイングの実現では、20世紀はモノの豊かさが重視されていたが、現在では商品やサービスから得られる経験、体験、つまりコトが重視されている。
御手洗氏は「ただ単にモノやお金があればいいというわけではありません。こうした背景をもとにウェルビーイングが重要視されています。人生100年時代を迎え、重要となるのが健康寿命・長寿です。とはいえ、いくら人生100時代と言っても、心身ともに健康な状態でなければウェルビーイングとは言い難い状況です」と言及した。
このような状況を顧みて、同氏は最も重要かつ成長が期待できる領域は医療と断言している。そのため同社では、最先端のテクノロジーを投入・開発し、社会の人々のウェルビーイングに貢献していくという。
AIの飛躍的進歩、人間がいかに利活用するかが重要
そして、最後に御手洗氏は4つのキーワードすべてに関わることとして、テクノロジーの進化について見解を述べた。先端技術の活用は、キヤノンの歴史は振り返っても生命線であり、近年では既存の産業構造や人々の生活を一変させるような革命的なテクノロジーが登場し、その中でも特に国内外において注目度が高いAIの飛躍的な進歩を引き合いに出した。
同氏は昨今、注目を集めているOpenAIの「ChatGPT」などの生成AIは高度な意味の理解や会話が可能なため、企業経営や社会に大きなインパクトを与え、ホワイトカラーを中心に約3億人が影響を受けると見込まれているため、AIが人間の仕事の大半を奪うのではないかということが危惧されているとの見方もあることに触れている。
御手洗氏は「私はそのようには思いません。真善美を判断できるのはあくまで人間であり、人間がいかにAIを利活用するかが重要です。キヤノンにおいてAIの技術は多方面に革新的な進歩をもたらしています」と説く。
例えば、医療用画像診断装置では大量の画像データから病変を発見する技術を開発している。AIの進化によって人間でなければできないクリエイティブな仕事に集中できるようになるとのことだ。
AIは多くの新たなビジネスを生み出す可能性があり、こうしたAIの爆発的な進化を支える基盤となるものが良質かつ膨大なデータだという。
そして、同氏は「画像データや映像などを得意とする当社は創業以来、莫大な情報量を持つイメージングを極めてきた企業です。まさにビッグデータを価値化し、社会に実装するモノづくり企業です。いかにデジタルとリアルを融合し、社会課題を解決していくかに尽きます。当社はこれまでカメラやプリンタの会社と言われてましたが、デジタル時代に対応してAIの加速度的な進歩を見据えてM&Aで新たな事業を獲得し、ポートフォリオを大幅に入れ替えてきました。そして、プリンティング、メディカル、イメージング、インダストリアルの4つのビジネスユニットに再編成し、それぞれの技術交流を深め、将来技術の開発や生産技術の強化を図ることで会社全体の事業拡大を進めていきます」と力を込めた。
Canon EXPOでは、プリンティングでは家庭やオフィス、商業印刷、産業印刷までの幅広い製品を、メディカルではX線CR診断装置、MRI装置といった医療関連製品を、イメージングではカメラ、レンズ、映像機器、ネットワークカメラの最新ラインアップ、映像活用ソリューションを、インダストリアルでは半導体、ディスプレイの製造装置、半導体露光装置をはじめとした製品をそれぞれ紹介する予定だ。
また、DX(デジタルトランスフォーメーション)に加え、ITやAIを活用したユースシーンを想定したソリューション、基礎要素技術、価値創造基盤技術など、キヤノンの現在地が知れる製品・サービスが集結する。