慶應義塾と鹿児島大学は10月17日、古くから「兜岩層」とも呼ばれて多くの植物化石と昆虫化石が産出することが知られていた「群馬県上部鮮新統本宿層群馬居沢層」(約350万年前)から見つかった「タテハチョウ科ミスジチョウ属」のチョウの化石を新種として報告したことを発表した。
同成果は、慶應義塾幼稚舎の相場博明教諭、同・高橋唯教諭、鹿児島大の坂巻祥孝教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本古生物学会が刊行する古生物に関する欧文学術誌「Paleontological Research」に掲載された。
チョウは、チョウ目(または鱗翅目)に属し、世界では1万7600種ほど、日本では250種ほどが知られている。チョウと蛾は分類学的な区別はなく、一般的にチョウと呼ばれているものは、触角などの形状からセセリチョウ上科とアゲハチョウ上科、シャクガモドキ上科のことを指すという。
植物や貝などと比べて、昆虫は化石として保存されることは珍しく、中でもチョウの化石は極めて希だという。その理由は、化石になるためにはまずその生物の亡骸が水中に沈む必要があるが、チョウは軽く、さらに翅に鱗粉があることで水中に沈みにくいことにある。さらに、仮に沈んだとしても体が柔らかいことから、魚などに捕食されたり、腐敗したりして、化石としては残りにくい生物ためだとされている。そのため世界的にも、これまで報告されたチョウの化石は80個ほどしか報告されておらず、そのうち成虫の化石は64個、そして名前まで付けられたものは42種となっている。
その42種の内、37種は絶滅した化石種であり、それらはすべて「中新世」(約2303万年前~約533万年前)以前のもので、新しい時代では、日本の栃木県那須塩原市の「中期更新世」(チバニアンに含まれる約30万年前)の「塩原層群」から発見された「ゴマダラチョウ」と「ミヤマカラスアゲハ」比較種の2種が報告されており、これがこれまでの世界最古の現生種の化石とされている。
今回の化石は新生代・新第三紀の「鮮新世」(約533万年前~約258万年前)のもので、40年程前に東京学芸大学の学生だった西澤光氏が卒業論文の作成のために採集したものだという。チョウの化石は、全体が残されていることは稀で、大半は翅の一部が残っているだけのものだが、今回の化石は、左右の触角、頭部、口吻、胸部、前翅、後翅など多くの部分が残されていた。そして、この標本の研究として、千葉県立中央博物館の斎木健一氏より委託されたのが、慶應義塾の相場教諭だという。
しかし研究を委託された当時は、顕微鏡の解像度の問題で同定が困難であったが、近年の顕微鏡の解像度が向上を踏まえ、改めて観察を行ったところ、それまでは見えなかった「翅脈」(昆虫の翅に見られる脈で、分類上重視される)や触覚の形状など、詳細な形態が確認できるようになり、鱗粉まで残っていたことなどまで判明。現生種との形態の比較から、当該化石の特徴は前脚が縮小しており、触角に溝があったことから、タテハチョウ科に属することが分かったとするほか、前翅と後翅の特徴からミスジチョウ族に属することも明らかにされた。ミスジチョウ族には6つの属があり、まず日本にいるミスジチョウ属との比較が行われたところ、下唇鬚の形態と、前翅の脈の形態が違うことが確認されたという。
そこで、現在の日本に生息していないほかの5つの属の標本とも比較が行われたところ、それらとも明らかに形態が異なっていることが確認されたという。特に、化石は前翅の翅脈のうちの「CuA脈」が太く、全体的にやや細長いこと、そして「CuP脈」がかすかに残されていることが大きな特徴だったとしている。CuP脈は、米国の「始新世」(約5600万年前~約3390万年前)から見つかった化石にも残されており、原始的な特徴を持つ脈とされていたことなどから、今回の標本も新種と特定されたという。
なお鮮新世からのチョウの化石は、ドイツから複数の標本が報告されているものの、どれも保存が悪く、種までは同定できていないとのことで、今回の標本は、世界で唯一の命名された鮮新世のチョウ化石であり、最も新しい時代の絶滅した化石種となると研究チームでは説明している。また、今回の化石には翅脈の形態に一部原始的な脈が残されていたことから、タテハチョウ科およびミスジチョウ族の進化を紐解く鍵が隠されている可能性があるともしている。なお標本は、化石の産地の博物館である群馬県立自然史博物館に寄贈されたという。