慶應義塾大学(慶大)は10月16日、名古屋工業大学(名工大)の神取秀樹教授らが独自開発した光センサタンパク質「キメラロドプシン」を用いて、光遺伝学(オプトジェネティクス)を利用した、高感度な視覚再生効果および網膜変性の保護効果をマウスで確認したことを発表した。
同成果は、慶大 医学部 眼科学教室の栗原俊英准教授、同・堅田侑作特任助教らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。
網膜色素変性症は視野が徐々に失われ、視力も低下していく主要な失明疾患であり、日本国内では失明原因の第2位となっており、厚生労働省からも指定難病とされ、世界でも200万人以上の患者がいるとされている。
網膜色素変性症をはじめとする遺伝性網膜疾患は、いまだ治療法が確立されていないが、近年はさまざまな技術を応用した治療法の開発が進められており、その1つに光センサの役割を持つ遺伝子を、遺伝子操作によって生体細胞に導入して光反応性を付与する技術「光遺伝学」がある。これを応用し、患者の目の中でも働くことのできる光センサ遺伝子を送り込むことで、視覚を再生できることがこれまでの研究から明らかにされており、現在、海外ではすでに治験の段階に入っている。
しかし、従来の光センサタンパク質は直射日光のような非常に強い光でないと反応できないという、実用面での課題があったことから研究チームは今回、名工大の神取教授らが開発したキメラロドプシンを用いて、高感度な視覚再生遺伝子治療法として応用する研究を進めることにしたという。
キメラロドプシンは、動物型と微生物型のロドプシン(ヒトの目の中で視覚を担う、光センサタンパク質の総称)を組み合わせてキメラにすることにより、両者のいいところ取りをした光センサタンパク質とされる。動物型は「感度」が高いが、「視サイクル」(動物型ロドプシンの再生に必要な代謝経路で、網膜色素変性症の一部ではこれが破綻する)が必要とする一方、微生物型はその逆で、感度は低いが視サイクルが不要である。高感度かつ視サイクルを不要としたのが、キメラロドプシンということとなる。
今回の研究では、網膜色素変性のモデルマウス(rd1)に対し、キメラロドプシンをコードする遺伝子を搭載した送達用の入れ物である「AAVベクター」を眼球の硝子体内へ投与し、治療する実験が行われた。その結果、無治療マウスでは光応答が無いのに対し、治療マウスでは強い光はもちろん、街灯のある夜道程度の弱い光でも反応することが確認されたとする。
また、AAVベクターを網膜下に投与して視細胞での発現がなされたところ、無治療マウスに対し、治療したマウスでは網膜変性の進行が抑制される効果があることが確かめられたという。
なお、今回の成果は今後、視覚再生遺伝子治療の実用化に応用されることが期待されると研究チームではコメントしており、今後、臨床応用に向けてさらなる研究開発を進めているとしている。