国立天文台(NAOJ)、大阪公立大学(大阪公大)、千葉工業大学(千葉工大)の3者は10月12日、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(HSC)で撮られた約1万7000枚の画像を解析した結果、宇宙から降り注ぐ高エネルギー粒子の「空気シャワー」を非常に高い空間分解能で可視化できることを発見したことを共同で発表した。
同成果は、NAOJ ハワイ観測所の川野元聡特任研究員、同・小池美知太郎研究技師、同・宮崎聡教授、大阪公大大学院 理学研究科の藤井俊博准教授、同・Fraser Bradfield大学院生、千葉工大 惑星探査研究センターの諸隈智貴主席研究員、法政大学の小宮山裕教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
宇宙空間には放射線があふれているが、高いエネルギーを持ったものは宇宙線と呼ばれる(太陽からのものは「太陽宇宙線」、太陽系外からの「銀河宇宙線」と分類される)。宇宙線は、地球の最初のシールドである磁場を突破し、2つ目のシールドである大気圏に飛び込んでいき、入射した大気圏内で窒素や酸素などと衝突、その結果、大量の電子や陽電子、ミューオンなどからなる二次宇宙線を発生させる。それは、連鎖反応的に次々と窒素や酸素などと衝突して新たな粒子を生じさせるため、地表には二次粒子群がシャワーのように降り注ぐことになり、空気シャワーと呼ばれているのである。
ミューオンのように貫通力の高い素粒子などは常に我々の身体も通り抜けているが、ほとんど問題は無い。しかしすばる望遠鏡のように、大気の薄い高地にある望遠鏡の場合その影響は大きい。HSCは構造的には巨大なデジタルカメラであり、いくつものCCDが並んでいる。撮影時に宇宙線がそれらのCCDを貫通すると、画像に飛跡が残されてしまい、それも1回の撮影で残るその飛跡の数はおよそ2万個にも及ぶという。
当然ながら宇宙線の飛跡は、撮像データにとってノイズ以外の何者でもないため、通常はデータ処理の過程で除去されており、公開されている画像では、そのような飛跡は見られないのである。
このように、宇宙線は天体を撮影する際に邪魔でしか無い存在ではあるが、太陽や宇宙の遠方より地表まで届く貴重なメッセージでもある。そこで今回の研究では、通常ならノイズとして処理してしまう宇宙線の飛跡を、データとして活用することにしたという。
まず、2014年から2020年にかけてHSCを駆使した大規模サーベイ「HSC-SSP」において撮影された約1万7000枚の画像を用いて、映り込んだ宇宙線の飛跡の詳細な再解析が行われた。すると、13枚の画像で、通常の飛跡数をはるかに上回る、空気シャワーの粒子群が捉えられていたことが確認された。これらの空気シャワーは、高い解像度で撮影されており、その飛跡が同じ方向を向いていることから、非常にエネルギーの高い1つの宇宙線から生成された二次粒子群であることが突き止められた。
このような事象が系統的に解析され、専門誌に報告された例はこれまでに無いという。シャワーを検出するためには、それが広がる前の高山で観測する必要がある。また、検出器の厚みが充分無いと、長い軌跡を記録することもできない。すばる望遠鏡は標高約4200mというハワイ・マウナケア山頂に設置されており、空乏層の厚いCCDが採用されたHSCを長期間観測運用したからこそ得られたデータといえるとし、HSCとそのサーベイのユニークさを、別の角度から示したことにもなったとした。
従来の宇宙線検出器は、入射した宇宙線の総粒子数と時刻情報を記録する仕組みのため、電子や陽電子、ミューオンなど、空気シャワーを構成している粒子の種類までは区別できない。一方、HSCに搭載されているCCDなら、各飛跡の形からミューオンか電子であるかを個別に判断できる可能性があるという。
HSCが捉えた空気シャワーには、ダークマター由来の信号が含まれている可能性も示唆されており、ダークマター探査への応用も考えられるとする。また、高精度で捉えられた飛跡の詳細な解析から、反物質がほとんど無く、物質優勢となった宇宙の成因を探るなど、新たな研究を切り拓く可能性も期待されるとした。