理化学研究所(理研)は10月11日、オープンデータの画像を用いた解析により、国宝「油滴天目(ゆてきてんもく)茶碗」の青紫色の光彩である「曜変(ようへん)」の発色を、油滴(油の滴に似た斑点)の反射と、釉薬(ゆうやく/うわぐすり)の2次元回折格子構造によって説明できることを発表した。
同成果は、理研 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チームの海老塚昇研究員、理研 開拓研究本部 石橋極微デバイス工学研究室の岡本隆之専任研究員(研究当時)の共同研究チームによるもの。詳細は、日本光学会誌「光学」2023年9月号に掲載された。
天目茶碗とは日本での呼び名で、元は茶葉の産地だった中国浙江省の天目山一帯の寺院で使われていた、黒色鉄釉をかけて焼かれた陶器製の茶碗のことをいう。鎌倉時代に、禅寺天目山で修行をしていた日本人僧侶が帰国の際に持ち帰ったことから、そのように呼ばれるようになったといわれている。油滴天目茶碗は国宝であり、光沢のある黒釉に油の滴に似た斑点が現れる曜変が特徴だ。
曜変とは漆黒の釉薬が厚くかかった「建盞(10~13世紀に中国の建窯で焼成された鉄質黒釉の天目茶碗)」の内面に大小さまざまな斑点が浮かび、その周りが暈(かさ)のように青く輝き、その青紫色の光彩が茶碗を動かすと位置を変転させるものを指す。従来、曜変の青紫色の光彩は、釉薬表面に形成された薄膜の表面と裏面で反射した2つの光の波の重ね合わせによる薄膜干渉(2光束干渉)によるものと考えられてきたという。
今回の研究の発端は、写真家の西川茂氏がL・エコライト(栗原工業製のLED面光源)を照明に使用すると、油滴天目茶碗や重要文化財の木葉天目茶碗の彩色が鮮やかに撮影できることに気付き、研究チームが天目茶碗の彩色と照明の関係の調査を開始したことによるとする。
具体的には、先行研究にて示されていた釉薬の表面にできた2次元のシワの電子顕微鏡画像を精査し、2次元のシワの回折による光彩について検討することにしたという。
そのため油滴天目茶碗の画像に写った光彩が回折格子構造によって説明できることを示すことを目的に、油滴天目茶碗の内側に写った、面光源の変形した反射光や青緑色の光彩の位置を計測し、シワの周期は900nm、深さ50~100nmと導き出すことに成功。その2次元のシワによる回折から、波長400nm(青紫)の効率が700nm(赤)の効率の約2倍であることが判明し、光の回折などを考慮すると、入射光の強度が等しい場合に400nmの回折光の強度は700nmの約3.5倍になることが計算されたとする。また、それに基づくと400nmから徐々に長波長成分が増えて、光彩は青紫色から水色または青緑色に変化し、400~700nmの可視光全体のスペクトルが重なる位置において光彩は、水色または青緑色を呈すると考えられたという。
さらに、その外側では波長400nmから徐々に短波長成分から欠けていき、水色または青緑色から緑色、黄色、橙色、そして赤色へと変化。面光源の白色LEDの場合、蛍光物質の励起光源である青色LEDの強いピークが波長450~460nmにあるため、この波長を含む位置の光彩は青味が強くなることが考えられるという。
実際にデジタルカメラで撮影した油滴天目茶碗の画像を画像編集ソフトで彩度を上げたところ、面光源の反射光の端から両側に青色から水色、緑色の順に光彩が見られたほか、その外側の油滴は縁が緑色、内部が黄色であり、外側ほど黄色の割合が増えることを確認。研究チームでは、この現象について油滴の縁と内部でシワの周期が異なる場合に起きると考えられるとしている。
研究チームはこれらの結果を踏まえ、油滴天目茶碗の光彩は、裏面に金属鉄の反射層がある周期900nm、深さ50~100nmの釉薬の2次元シワ構造による回折光と仮定しても矛盾しないとしつつ、面光源の反射光の近傍に見られる青紫色の光彩を説明できるとしている。
なお、国宝の曜変天目茶碗や油滴天目茶碗などを、研究者が適切な照明の下で画像撮影や分光計測などを行うことは現時点では困難であることから、現状の研究としてできることは先行研究や既存の画像から曜変の光彩を推測するといったことに限られるという。そのため研究チームでは、実物を測定して曜変の光彩の原理を検証することが可能となれば、油滴天目や曜変天目茶碗の鑑賞のために最適な照明を提案すると共に、製作当時の釉薬の配合や焼成方法を解明する糸口になることが期待されるとしている。