理化学研究所(理研)と東京工業大学(東工大)の両者は10月10日、量子コンピュータが扱う量子情報の最小単位である量子ビットのうち、既存のシリコン集積回路技術のノウハウが応用可能なタイプの「シリコン量子ビット」を用いて、同量子ビット間に「強い誤り相関」を観測したことを共同で発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS) 量子機能システム研究グループの樽茶清悟グループディレクター、理研 CEMS 量子システム理論研究チームのダニエル・ロス チームリーダー、東工大 超スマート社会卓越教育院の米田淳特任准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

  • シリコン量子ビット間の誤り相関を観測

    シリコン量子ビット間の誤り相関を観測(出所:東工大プレスリリースPDF)

将来の大規模な量子コンピュータは社会に変革をもたらすとして期待されているが、その実現のためにはノイズに弱い量子ビットで誤りが生じてしまうことを克復しなければならない。

誤り耐性を獲得させるためには、誤り率が一定の水準以下の高性能な量子ビットを大規模集積して誤り訂正符号を実行し、情報の一部に誤りが生じても、誤りの検出や訂正を可能とする付加情報が利用可能な冗長性を持たせる必要がある。そのような仕組みを備えた誤り耐性型汎用量子コンピュータであれば、現在の量子コンピュータとは異なり、大規模集積化による情報処理能力の向上が可能と考えられている。

そのような大規模な誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現する手法としては、シリコン量子ドット中の単一電子スピンを用いるシリコン量子ビットが注目されている。量子ビットにはさまざまなタイプが存在するが、中でもシリコン量子ビットは、既存の大規模集積回路技術との親和性が高く、大規模集積化に有利とされる。それに加え、近年その基本動作や特性の確認などを行う原理検証として、誤り耐性獲得に必要とされる極めて高い精度での操作や量子非破壊測定が示されるなど研究開発が進展している。

今後の研究開発で集積化を推し進め、誤り耐性の獲得を目指すにあたり、量子ビットに生じる誤りの特性を理解しておく必要があるという。シリコン量子ビットの誤りに関しては、主に単一の量子ビットを対象として、これまでに多くの詳細な測定がなされてきた。しかし、複数のシリコン量子ビットに生じる誤りの特性の評価は技術的に困難であり、とりわけ誤り耐性の獲得に大きな影響を与える量子ビット間の誤り相関に関して、精密な測定が強く望まれていた。

そこで研究チームは今回、高密度に集積されたシリコン量子ビット列において期待される誤りの特性を調べるため、100nm程度離れたシリコン量子ビットのペアに対し、各量子ビットに誤りをもたらす、位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)の同時測定を行うことにしたという。

  • 量子ビットのペアに対する位相回転速度のゆらぎの同時測定

    量子ビットのペアに対する位相回転速度のゆらぎの同時測定。シリコン量子デバイス中に隣接して電子スピンを2つ閉じ込め、金属電極(黄土色)に制御信号を与えることで、それぞれが量子ビットとして動作する仕組みだ。これらの量子ビットのペアに対し、誤りをもたらす位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)を同時に測定することで、量子ビット間の誤り相関が評価された(出所:東工大プレスリリースPDF)

同時測定されたゆらぎのデータが解析され、それらの間の相関の強さや位相関係が周波数ごとに評価された。すると、およそ0.02Hz下の低い周波数においては、量子ビット間に負の相関が観測された一方で、およそ0.06Hz以上の周波数領域では、量子ビット間に正の相関が観測されたとする。1Hzにおけるゆらぎの量子ビット間相関の強さは0.7程度と、最大値1の70%に達した。これらの結果から、100nm程度離れたシリコン量子ビット間では、強い誤り相関が観測され得ることが確かめられた。

  • シリコン量子ビットのペアにおけるゆらぎの相関

    シリコン量子ビットのペアにおけるゆらぎの相関。シリコン量子ビットに誤りをもたらす位相回転速度ゆらぎの、量子ビット間での相関の強さや、位相関係を周波数ごとに評価が行われた結果。各データ点の色は、相関の位相が表されている。低周波側では相関の位相が180°に近く、一方の量子ビットにおいて位相回転が速い場合には他方では遅いというような、負の相関が観測された。高周波側では相関の位相が0°に近くなっており、一方の量子ビットで位相が進んでいる場合には他方でも進んでおり、一方が遅れている場合には他方でも遅れているというような、正の相関が観測された(出所:東工大プレスリリースPDF)

次に、量子ビット間に働くスピン交換相互作用に観測されるゆらぎと、それぞれの量子ビットの位相回転速度のゆらぎの交差相関が調べられたところ、強い相関が観測されたという。スピン交換相互作用は磁気的なノイズには鈍感であることから、そのゆらぎは電気的なノイズによってのみ生じると考えられるとする。つまり、今回実験に用いられたシリコン量子ビットに生じる誤りが、デバイス中の欠陥、不純物などに由来する電気的なノイズに支配されていることが、実験によって直接的に示されたとした。

今回、シリコン量子ビットの隣接ペアに対して誤りをもたらすゆらぎが測定され、強い相関が観測された。シリコン量子ビット間において誤り相関が強くなり得るという知見は、シリコン技術に立脚した誤り耐性型汎用量子コンピュータの将来設計と性能向上に大きく貢献することが考えられるという。

また、今回の研究で確立された交差相関に基づくノイズ源の同定手法を用いることで、従来方法ではノイズ源の特定が困難な状況においても特定が可能になり、より高品質な量子ビットデバイスの開発につながることが期待されるとした。