理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、兵庫県立大学の3者は10月4日、X線領域の自由電子レーザー(FELまたはXFEL)における「光のすり抜け=光スリッページ(光が電子よりもわずかに前方へ進む現象)」の観測と制御に成功したことを共同で発表した。
同成果は、理研 放射光科学研究センター 次世代X線レーザー研究グループの田中隆次グループディレクター、JASRI 加速器部門 挿入光源グループの貴田祐一郎研究員、兵庫県立大 高度産業科学技術研究所の橋本智准教授、同・大学大学院 理学研究科の田中義人教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
極短時間に生じる高速現象を捉えるため、近年は超短パルスレーザーがストロボのように用いられており、その発光時間は100fs以下にまで至っている。その極限の形態である「単一サイクルレーザー」は、発光中に光の波が1回だけ振動する光で、パルス長は理論的極限である波長程度にまで短くなっており、可視光や赤外線ではその利用も可能となりつつある。
しかしFELでは、原理的にはさらに短波長領域での発振が可能だが、発振媒体である高エネルギー電子ビームが光を増幅するために蛇行する際に光スリッページが生じてしまい、それが短パルス化を阻害し、単一サイクルFELは不可能とされていた。
そうした中で研究チームが2015年に発表したのが、光スリッページを制御し、単一サイクルFEL発振を可能とする基本原理だ。間隔が少しずつ変化する周期的な濃淡を電子ビームに生成し、さらに蛇行の振幅を少しずつ変化させることで光スリッページを制御でき、それらの変化率を十分に大きくすると単一サイクルFELを実現できるというものだ。今回の実験は、それを実験的に実証するための研究開発の一環である。
今回の実験は、兵庫県立大のレーストラック型の蓄積リングであるニュースバル放射光施設の電子加速器で行われた。直線部に電子ビームを24回蛇行させるための周期磁場発生装置を2台(上流側はモジュレータ、下流側はラディエータ)と、大きく1回蛇行させるための電磁石が置かれ、その上流側に波長800nmの近赤外短パルスレーザー(シード光)が設置された。
蓄積リングを周回する電子ビームと同期してシード光をモジュレータに入射することで、電子ビームに周期800nmで濃淡が発生する。これがラディエータを通過する際に位相のそろった光(コヒーレント光)を生成することで発振。コヒーレント光の波長は、ラディエータの磁場を調整することで離散的に選択可能だ(800nmのn分の1、整数nを高調次数と呼ぶ)。今回は、コヒーレント光を精度よく計測するためにシード光を波長的に分離する必要があることと、高調次数の増加(短波長化)に伴ってコヒーレント光の強度が低下することを理由に、400nm(n=2)が選択された。
実験は、まず光スリッページを観測するために、中空ファイバ法によって圧縮されたパルス長12fs(4.5サイクル)のシード光を利用してコヒーレント光が生成され、スペクトルが計測された。その結果、コヒーレント光のバンド幅が7nmであることが確認され、光スリッページの影響がない場合に予測される20nmに比べて3分の1程度だった。光のパルス長が理想的にはバンド幅に反比例することを考慮すると、光スリッページによってパルス長が3倍程度伸びていることが示唆された(ちなみに、光スリッページによるパルス伸長は、シード光のパルス長が十分に短くなければ観測されない)。
次に、基本原理である光スリッページ制御を実証するため、蛇行軌道の振幅を徐々に増大し、入口と出口で11%の振幅差が生じるようにモジュレータおよびラディエータが調整され、それ以外は同条件でコヒーレント光が生成された。その結果、バンド幅が20nm程度に広がり、パルス長の伸長が大幅に抑制されていることが確認された。この実験結果は理論予測とよく一致しており、今回の実験結果の妥当性が示されていると同時に、光スリッページの制御という単一サイクルFELの基本原理が実験的に実証されたと結論付けられるとした。
今回の成果は単一サイクルFELの実用化だけではなく、それによりキャリアエンベロープ位相やパルス長、サイクル数などを完全に制御できるアト秒パルスの生成も可能になるとする。さらに、時間間隔を高精度に制御可能なダブルアト秒パルスも生成可能とし、それをポンプ・プローブ計測に応用することにより、超高速現象を解明し、新しい素子や材料などの開発を促進することが期待されるとしている。