海洋研究開発機構(JAMSTEC)、北海道大学、広島大学、九州大学の4者は9月29日、西部北太平洋に沈着する黄砂のフラックスを定量的に評価する分析手法を新たに開発し、海洋への黄砂沈着フラックスとその季節性を明らかにすることに成功したと共同で発表した。

  • 今回の研究の概要。

    今回の研究の概要。(出所:北大・広島大・九大プレスリリースPDF)

同成果は、JAMSTEC 地球環境部門 地球表層システム研究センターの長島佳菜副主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

西部北太平洋には、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠からの黄砂が沈着している。特に北太平洋亜寒帯域では、生物に必須な微量栄養塩・鉄の不足が海洋の基礎生産を制限していることが知られており、黄砂の量が基礎生産の量を規定している可能性が考えられるという。

しかし同海域への鉄供給プロセスは、黄砂や人為起源エアロゾルなどから溶け出す大気を通じた供給に加え、オホーツク海を起源とする鉄に富む海洋中層からの供給もある。黄砂などの大気を通じた鉄の供給が、供給全体のどの程度を占めるのかを明らかにし、同海域の基礎生産に影響を与え得るのか否かを調べることは、同海域の生態系を理解する上で重要だとする。

しかし、海水中には黄砂粒子の他にも多様な起源の粒子があり、従来手法ではそれらを区別できず、黄砂量を測定する直接的な方法がなかった。そこで研究チームは今回、黄砂の主要構成鉱物である石英に着目。海水中にわずかに存在する石英粒子について、電子顕微鏡カソードルミネッセンス(SEM-CL)分析を行ってその供給源を特定し、黄砂由来の石英量を求め、海に沈着する黄砂フラックスを推定する方法を構想したという。

研究チームは観測にあたり、日本の東側に観測点K2を設定。K2に輸送される石英粒子の主な供給源としては、黄砂の主な発生源であるタクラマカン砂漠やゴビ砂漠などの東アジア域、オホーツク海やベーリング海とその周辺の陸域、さらに千島列島やアリューシャン列島に多く存在する火山の噴出物などが考えられた。

  • 観測点K2および同海域に輸送される石英粒子の供給源候補地(地理院地図を加工して作成されたもの)。

    観測点K2および同海域に輸送される石英粒子の供給源候補地(地理院地図を加工して作成されたもの)。主な供給源として、タクラマカン砂漠とゴビ砂漠に代表される東アジア砂漠域、オホーツク海、ベーリング海、そしてアリューシャン列島および千島列島の火山が考えられる。(出所:九大プレスリリースPDF)

そして供給源によって異なるクラスター組成を持つことから、それにより供給源の識別が可能なことが判明。そこで、2003年~2022年の間にさまざまな季節で実施された9つの航海で、観測点K2の水深10m~20mの範囲で採取された石英粒子について、SEM-CL分析を行ってクラスター組成を調べ、供給源候補地の値との比較を行った。その結果、東アジアの砂漠域由来と火山由来の混合であることがわかった。つまり、火山由来の石英の寄与を差し引くことで、東アジアの砂漠域起源の石英粒子の数を算出することが可能となったのである。

  • 個別石英粒子のSEM-CL分析による供給源推定。

    個別石英粒子のSEM-CL分析による供給源推定。(A)個別粒子分析による粒子ごとの測定値のばらつきを利用した供給源推定の模式図。ばらつきの評価から、供給源の特定が可能になる。(B)SEM-CL装置の画像および分析のイメージ。フィルター上の石英粒子(黒っぽいフィルターに対し、白く見えているのが石英粒子)1粒ずつに電子線を照射し、粒子から放出されるCLスペクトルを得る。(C)個別石英粒子のCLスペクトルに基づく観測点K2試料(◆マーク)のクラスター組成と、東アジア砂漠域、ベーリング海、オホーツク海、火山噴出物を代表する石英粒子のクラスター組成(三角形の各頂点に近いほど、各クラスターの割合が多いことを示す)。観測点K2の石英は、東アジア砂漠および火山由来石英の混合で説明できる。(出所:北大・広島大・九大プレスリリースPDF)

研究チームは次に、海水中の黄砂由来の石英粒子数を基にして、黄砂の沈着フラックスを計算し、その季節変動を調査した。すると、同フラックスは4月~6月ごろに増加し、その後は徐々に減少することが明らかになったといい、1年あたりの同フラックスは約0.4gm-2だった。なお、この数値を全球エアロゾル気候モデル「MIROC-SPRINTARS」と比較したところ両者は一致しており、今回の研究の信頼性の高さが裏付けられたとする。

  • 観測点K2における黄砂沈着フラックスの推定結果と季節変動。

    観測点K2における黄砂沈着フラックスの推定結果と季節変動。観測点K2の3点の移動平均値(紫線)は、水色バーで示しているMIROC-SPRINTARSで推定した黄砂沈着フラックスと類似した値、季節性を示す。(出所:北大・広島大・九大プレスリリースPDF)

続いて、判明した黄砂沈着フラックスから黄砂に含まれる鉄分の溶解度を考慮し、溶存鉄の供給フラックスを計算したとのこと。そして、植物プランクトンの生産が活発な4月~7月には、1日あたり0.9±0.3μgm-2の鉄が供給されていることがわかった。

この量が多いのか少ないのかを評価するための物差しとなるのが、主要な溶存鉄の供給源とされる海洋中層からの溶存鉄供給フラックスだ。そこで、観測点K2の表層から深層までの鉄濃度分布とその季節変化を用いて、冬季混合などによって中層から表層に供給される溶存鉄量の計算が行われた。その結果、中層から表層への溶存鉄供給フラックスの合計は、1日あたり約2.2μgm-2で、黄砂による鉄供給は中層からの鉄の半分近くに達することが導き出されたという。

また、大気を介した海洋への鉄供給源として、黄砂の約半分の溶存鉄を供給していることが報告されている人為起源エアロゾルの寄与を加えると、大気を介した溶存鉄の供給は、海洋中層からの鉄供給を含めた、溶存鉄供給フラックス全体の約4割を占めることが解明されたと結論付けた。

  • 西部北太平洋亜寒帯域の海洋環境、海洋基礎生産、大気と海洋中層からの鉄供給量の季節性を示した模式図。

    西部北太平洋亜寒帯域の海洋環境、海洋基礎生産、大気と海洋中層からの鉄供給量の季節性を示した模式図。(出所:JAMSTECプレスリリースPDF)

今回の研究により、健康への被害や視程を悪くするなどの迷惑な黄砂が、海洋においては生物にとって重要な鉄の供給源になることが量的に確かめられた。温暖化により海洋の成層化が進むと、海洋中層から表層に供給される鉄の量は減少することが予想されており、その場合は黄砂による鉄供給の重要性がより高まっていくと予想される。その一方で、黄砂も過去数十年間に温暖化で発生量が減少したことが観測から示されており、このまま発生量の減少が続くのか、それとも増加に転じるのかが、西部北太平洋亜寒帯域における基礎生産とCO2吸収能力の将来を握る鍵になるとしている。