国立環境研究所(環境研)は9月26日、高山植生は気候変動に対して特に脆弱なことから継続的なモニタリングが求められているが、高山帯において人手で広域かつ高頻度に行うことは困難で、衛星画像やドローンもそれぞれ課題があったことから、山小屋などに設置したタイムラプスカメラからの画像を用いて、地理情報化された植生図を自動的に作成する手法を開発したと発表した。

同成果は、環境研 生物多様性領域 生物多様性保全計画研究室の岡本遼太郎リサーチアシスタント、同・小熊宏之室長、環境研 地球システム領域 陸域モニタリング推進室の井手玲子高度技能専門員の研究チームによるもの。詳細は、リモートセンシング科学と生態学と環境保全に関する全般を扱う学術誌「Remote Sensing in Ecology and Conservation」に掲載された。

タイムラプスカメラを用いた高山植生のモニタリングは、極めて安価に広域・高解像度・高頻度での観測が可能というメリットがある。ただし、その画像は一般的なデジタルカメラのカラー画像のため、広域画像では葉や花の形状が判別できないほか、山を見上げるように撮影された画像を地図上に重ね合わせて表示可能な形式に変換すること(オルソ化)が困難な点が課題であった。そこで今回の研究では、そうした課題を解決するため、タイムラプスカメラからの画像で高山植生の分布を確認する新たな手法を開発することにしたとする。

これまで、環境研は国内約30か所の山小屋などにタイムラプスカメラを設置しており、1時間に1枚程度の頻度で撮影を実施中だ。今回は、その中から中部山岳国立公園内、北アルプスの立山近くに位置する立山室堂山荘(富山県中新川郡立山町)に設置されたものを用いて、手法の開発と検証が行われた。カメラは立山の西側斜面を2009年から撮影しており、今回は2015年に撮影された画像が用いられたとする。

季節の移り変わりによる葉色の変化は、デジタル画像においては画素値の変化パターンとして把握される。たとえば秋の紅葉の場合は、赤の画素値が高くなるという具合だ。こうした葉色の変化パターンを用いることで、葉の形状などが判別できないような遠方から撮影された画像でも、植生の分類が可能であると考察したという。

そして時系列データの分類で高い性能を示すことが知られている深層学習モデル「LSTM」を用いて、画素値の変化パターンが、ハイマツ、ササ類、ナナカマド類、ミネカエデ、ミヤマハンノキ、その他の植生、無植生の7カテゴリーに分類された。

撮影された画像は、地形の三次元モデルとの間で対応する場所を見つけ出し、それを手掛かりに撮影に用いられたカメラの状態(向きや画角など)を推定する必要がある。それがオルソ化である。オルソ化は、横から撮影した山の画像を地形の三次元モデルに重ね合わせ、真上から撮影したように整形する作業のことをいうが、高山帯では目標となる地物がほぼなく、標識の設置も困難なほか、従来手法ではレンズの特性による画像の歪み(レンズ歪み)が無視されており、精度の悪化につながっていた。

  • タイムラプス画像と植生ごとの画素値の変化パターン

    タイムラプス画像と植生ごとの画素値の変化パターン。可視化のため、植生ごとに10個の画素がランダムに選ばれ、その時系列変化がグラフにされた。折れ線の色は赤、青、緑の3色が表されており、たとえばナナカマドでは9月下旬に赤色の画素値が高くなっていることがわかる(出所:環境研Webサイト)

そこで今回は、航空画像と地形モデルを組み合わせ、山小屋に設置されたカメラから見える風景のシミュレーション画像が作成され、同画像と実際の画像の間で画像特徴に基づく対応点を自動で得る手法が開発された。シミュレーション画像では、全画素が地理座標と紐づいているため、これとタイムラプス画像を重ねることができれば、タイムラプス画像の各画素に地理座標を付与し、オルソ化することが可能だ。さらに、レンズ歪みも考慮され、オルソ化の精度向上も実現された。

  • 実際のタイムラプス画像

    (左)実際のタイムラプス画像(対応点の誤取得を減らすため、カメラ近くを撮影した手前部分は黒塗りにされている)。(右)シミュレーション画像の間で得られた対応点(赤点)(出所:環境研Webサイト)

こうして開発された手法を用いて、高精度の植生分類(平均F1値0.937)、オルソ化(平均投影誤差3.45m)が行われ、実際に植生分類図を作成することに成功したという。植生分類では、タイムラプス画像を用いることによって、それぞれの日に撮影された1枚の画像を用いた場合と比べて大幅な精度の向上が見られ、葉色の変化パターンが植生分類に有用であることを示す結果となったとした。

またオルソ化手法では、開発手法の2つの特徴(画像特徴に基づく地形と画像の対応付け、レンズ歪みの考慮)がオルソ化精度の向上に大きく寄与することが示されたとする。

  • 植生分類結果

    (左)植生分類結果。(右)オルソ化後の植生分類図(出所:環境研Webサイト)

なお今回の研究では、植生の分類カテゴリーが7つに絞られていたが、実際には「その他植生」にさまざまな種類の植生が含まれている。今後は、より細かい分類を試行することが必要だという。また、開発手法をほかの山岳域に設置されている既存のライブカメラやタイムラプスカメラに適用することで、広範囲にわたる植生分布の把握や植生変化の発見を過去にさかのぼって行い、気候変動影響の把握や保全方法の策定に応用することが期待されるとした。