国立成育医療研究センター(NCCHD)は9月27日、霊長類の実験動物として知られる、ブラジル北東部原産の小型のサルであるマーモセットのiPS細胞から「前精原細胞(精子幹細胞前駆体)」の作製に成功したことを発表した。

同成果は、NCCHD 研究所 再生医療センター 細胞医療研究部 専門職の渡部聡朗氏、佐賀大学医学部の一丸武作志助教を中心に、実験動物中央研究所、英・ケンブリッジ大学、京都大学、理化学研究所らの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、幹細胞研究に関する全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Stem Cell Reports」に掲載された。

ヒトにおけるiPS細胞からの精子・卵子の誘導技術は、不妊の原因究明など、生殖医療への応用が期待されている。しかし、次世代への悪影響などもあり得ることから、現時点ではiPS細胞から作製された精子・卵子を受精させることは規制されているほか、霊長類のiPS細胞からは精子の産生は実現していない。そこで研究チームは今回、iPS細胞を用いた技術の次世代の安全性などを評価するため、ヒトと同じ真猿類であるマーモセットのiPS細胞から精子産生系を構築することにしたという。

  • iPS細胞から前精原細胞の作成過程

    iPS細胞から前精原細胞の作成過程(出所:NCCHD Webサイト)

このような研究を行う上では、同じ霊長類であるサルを使用した研究が参考になる。中でもマーモセットは、ほかの霊長類よりも成長が早く、およそ1年で性成熟を迎えることから理想的なモデル生物といわれている。

今回の研究では、まず「mRNAトランスフェクション」に基づく「始原生殖様細胞」(PGCLCs)の誘導法が開発された。トランスフェクションとは、DNAやRNAなどの核酸を動物細胞内へ取り込ませる手法のことで、特定の遺伝子(今回の場合はmRNA)を細胞に取り込ませ、目的とするタンパク質を発現させる過程のことをいう。またPGCLCsとは、多能性幹細胞から体外培養で分化誘導した始原生殖細胞とよく似た細胞のことである。

そして、始原生殖細胞のマスターレギュレーターである「SOX17遺伝子」のmRNAが使用され、PGCLCsを非常に簡便かつこれまで霊長類で報告されていた方法よりも効率的に作製することに成功したという。

さらに、マーモセットPGCLCsの免疫不全マウス腎被膜下への移植が行われ、前精原細胞まで発生させることに成功。前精原細胞は精子幹細胞前駆体ともいい、オスの胎仔から思春期前の精巣に存在する、始原性生殖細胞から精子幹細胞へ向かって分化をしている生殖細胞のことだ。また精子幹細胞とは、性成熟した成体の精巣に存在し、自己複製と分化をくり返すことで、生涯にわたり精子を生産し続ける細胞のことである。

遺伝子発現やDNAメチル化解析によって、生体内の生殖細胞発生過程(新生児まで)をほぼ忠実に再現していることが明らかになり、今回開発された手法は、霊長類の初期生殖細胞発生の研究に有用なものとなるとした。

また、今回の発生系においては、生殖細胞の遺伝子発現変化などが再現されており、今回の技術は遺伝子改変サル作製、霊長類の生殖細胞発生過程を研究するために役立つほか、今後、受精可能な精子まで分化させるための基盤技術になることが考えられるとしている。

なお冒頭で述べたように、ヒトを含む霊長類では、現時点ではPS細胞からの精子の産生は実現しておらず、前精原細胞の産生までしか進んでいない。今後、精子産生に向けてより発生を進め、将来的には不妊の原因究明や生殖医療への応用につなげていくことが重要になるとする。そのためにも、今回の研究により前精原細胞の効率的な作製に成功したことは意義ある一歩だと考えているとした。