名古屋大学(名大)と富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の両者は9月26日、水稲栽培において「低温プラズマ処理」を行うことにより、玄米収量増加のみならず、玄米の品質も向上することを見出し、中でも倒伏しやすく一般に栽培が難しいといわれる酒造好適米(酒米)品種に対しても有効であることを新たに発見したと共同で発表した。
同成果は、名大 低温プラズマ科学研究センター(CLPS)の堀勝特任教授、同・橋爪博司特任講師、FCCLの共同研究チームによるもの。詳細は、フリーラジカルに関連する全般を扱う学術誌「Free Radical Research」に掲載された。
現在の日本の農業が抱えている、就農人口の減少や高齢化、豪雨災害や気温上昇などの気象・気候関連、コロナ禍などによる社会情勢の変化などの問題を解決するため、ICTやAI、農業機械の自動運転やロボット化、ドローンの利用、栽培環境を制御するシステムの構築などによるスマート農業の導入が進められている。その根幹となるのが、「種々のデータ収集」と「コンピューティングによる制御」だ。
このスマート農業に、大気圧低温プラズマ(低温プラズマ)技術を融合させた新たな先進農業技術の開発を2018年から共同で進めているのが、CLPSとFCCLである。低温プラズマの効果を実証するため、実験室では年3回のイネ栽培実験を可能とする人工気象器に、温度・湿度・照度・水温などの各種センサと定点カメラを設置したセンシング(定量的に情報を取得する)システムが導入され、栽培環境・状況のデータ蓄積が進められている。
また実験室内だけでなく、田畑などの実際のフィールドにおいても実験が行われており、フィールドではプラズマ処理を行うため設計・開発された装置を用いて、水稲栽培における低温プラズマ実証試験が実施されている。
低温プラズマに関しては、近年、電子温度に対しガス温度が常温(に近い)状況でプラズマを発生させることが可能となり、その結果、さまざまな産業への応用が進められ、医療や農業などへの応用研究も進展している。そこで今回の研究では、名大 生命農学研究科とも連携し、CLPSとFCCLの低温プラズマ研究の知見に基づいて、名大の試験水田「東郷フィールド」において低温プラズマの実証試験を行うことにしたという。
今回の研究では、食用米品種「あいちのかおり」を対象として、水田に定植された幼苗に対し、プラズマの直接照射とCLPSが開発した、がん細胞を選択的に殺傷する「プラズマ活性化乳酸リンゲル液」(PAL)に浸漬する間接的処理の2つの方法で低温プラズマ処理が行われた。その結果、玄米収量が15%まで増加したほか、登熟が促進されるなど、プラズマ処理によって生育も収量もその品質も向上することが示されたとした。
なおPALは、乳酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム4成分で構成され、臨床で使用される点滴液である「乳酸リンゲル液」に対してプラズマ照射が行われたものだ。がん細胞に対する選択的な殺傷効果を有し、その一方で正常細胞へのダメージが無いことが確認されている。
続いて、背丈がよく伸び倒伏しやすく、一般に栽培が難しいとされる酒造好適米(酒米)品種を対象とした、東郷フィールドでの生育過程におけるプラズマ処理実験が行われた。今回の品種は「山田錦」で、その種子を播種、その後ハウス内で育苗された幼苗を2016年6月下旬に水田へ移植し、幼穂形成を迎える7月末までプラズマ処理を実施。
苗の成長点を刺激するよう試作されたプラズマ装置を用いて直接照射する方法と、苗を囲むよう設置された円筒管内で上述のPALに浸漬する2種類の方法で、管理は通常と同じ栽培法で同年10月に収穫が行われた。
苗の収穫後に生育状況の調査が行われたほか、玄米重量から収量が算出され、その結果30秒のプラズマ照射された苗では約8%増加したことが判明。得られた玄米の外観から未熟米と心白米の割合が算出されたところ、いずれのプラズマ処理においても未熟米の割合が有意に減少しており、心白米の割合も増加していたという。これらの結果より、一般に栽培が難しいとされる酒米品種に対する低温プラズマ処理の有効性、つまり収穫量および品質の向上が示されたとした。
なお研究チームは、今回の結果に基づいて今後はコンピューティングを活用したプラズマの先進農業システム構築へ向けてさらに強力に推進していくとしている。