東京農工大学(農工大)は9月22日、ルビジウム原子が吸着した酸化鉄の強磁性体「Fe3O4 」表面に紫外光を照射することで脱離したルビジウム原子に対し、独自に開発した手法を用いて、困難とされているスピン移行量の測定に成功し、脱離メカニズムの一端を解明したと発表した。
同成果は、農工大大学院 工学研究院部門の浅川寛太助教、同・畠山温教授、同・大学院 工学府 化学物理工学専攻の田邊直樹大学院生、東京大学 生産技術研究所の河内泰三技術専門職員、同・福谷克之教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
固体表面においては、気体原子・分子が表面に結合する吸着や、その逆過程である脱離などの表面特有の現象が起きる。これらの現象は触媒やガスセンサなどの技術に応用されるが、そのメカニズムには、吸着する物質(吸着子)と固体表面との間の電子の移動が深く関わっている。電子は電荷とスピンという2つの性質を持ち、吸着子と固体との間で電子が移動すると電荷の移動とスピンの移行も同時に発生することがわかっている。
しかし、電荷の移動を検出する方法が数多く存在するが、スピンの移行を検出することは困難とされているのが現状だ。スピン移行は、コバルトへのアルカリ金属原子吸着による触媒促進効果など、産業上重要な現象に関係しており、その検出手法の開発が強く望まれていた。
そこで研究チームは今回、独自に開発した装置を用いて、表面に吸着したルビジウム原子を光誘起脱離させ、光の吸収を用いて脱離した原子のスピン状態を測定することで、脱離に伴う表面吸着子間のスピン移行を検出するという独自の手法を開発することにしたという。
同手法は、試料に紫外光を照射して吸着原子を脱離させ、その脱離したルビジウム原子に同原子が共鳴する波長の光(プローブ光)を照射し、同原子によるプローブ光の吸収強度をフォトダイオードで測定することで脱離原子を検出するという仕組みだ。
また、プローブ光には円偏光が用いられており、その向きを切り替えながらプローブ光吸収強度を測ることで、脱離したルビジウム原子のスピン状態を測定することが可能となっている。紫外光源には高強度パルスレーザーを用いることで脱離原子密度を高め、微小なスピン移行を検出することが実現された。
今回の研究では、ルビジウム原子が吸着したFe3O4表面に同手法を適用することで、その有効性が実証された。その結果、Fe3O4からのルビジウムの脱離はある一定の被覆率以下の領域では起きず、また、脱離したルビジウムの並進速度は被覆率に依存することが判明したという。また、光誘起脱離に伴うFe3O4とルビジウムの間のスピン移行の大きさは、検出感度以下であることも確認されたとした。
これらの結果は、ルビジウムの光誘起脱離はルビジウムが表面に2層以上吸着している多層吸着領域でのみ起きることが示されているとする。また、今回の研究で開発されたスピン移行検出手法が、固体表面と吸着子との間の相互作用を解明することに役立つことを意味しているとした。
今回の研究により、光誘起脱離に伴う表面吸着子間のスピン移行を検出する手法が確立された。これにより、コバルトへのアルカリ金属原子吸着による触媒促進効果などのスピン移行が関係する現象の解明が進み、高効率触媒の開発などに貢献することが期待されるとしている。