理化学研究所(理研)、東北大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)の3者は9月22日、地球内部に関する新たな絶対圧力スケール(状態方程式)を決定し、従来の研究では核内部の圧力領域において20%以上も圧力を過大評価していたことが判明したと共同で発表した。

同成果は、理研 放射光科学研究センター 物質ダイナミクス研究グループのアルフレッド・バロン グループディレクター、東北大大学院 理学研究科 地学専攻の生田大穣特任研究員(研究当時)、同・大谷栄治名誉教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

高圧実験における圧力は、標準物質の密度と圧力の関係を示す状態方程式「圧力スケール」により計算される。従来の圧力スケールは、圧力と密度の関係式である「ランキン・ユゴニオ断熱曲線」を仮定と外挿に基づいて補正したものが、一般的に用いられてきた。これまで数多くの圧力スケールが提唱されてきたが、補正法に仮定と外挿があるため、それらの間には最大で40%もの誤差が生じており、大きな不確かさが存在していたという。そのため、仮定と外挿を用いない絶対(一次)圧力スケールが待ち望まれていた。

絶対圧力スケールは、高圧下において物質の縦波速度と横波速度、そして密度の3つの物性を独立に測定できれば実現可能だ。しかし、密度の測定こそ粉末X線回折法が確立されているものの、超高圧下における縦波速度は150万気圧程度までしか測定できておらず、横波速度に至っては測定できていなかった。そこで研究チームは今回、非弾性X線散乱法を改良し、より高圧で縦波速度を測定すると同時に、横波速度の測定が可能かどうかを検討したという。

従来横波測定が困難であった理由は、縦波と比べて非弾性散乱強度が微弱であるためだ。そこで、大型放射光施設「SPring-8」で高強度かつ微小径の放射光X線ビームと、ダイヤモンドアンビル高圧発生装置、そして非弾性X線散乱法と粉末X線回折法という手法を組み合わせて計測が試みられた。それに加え、特殊な装置の「ソーラースクリーン」を用いてX線光学系を改良し、試料からのシグナル以外のノイズを限界まで減らしたとのこと。その結果、これまでノイズに埋没していた横波からの非弾性散乱シグナルを、地球の核マントル境界(135万気圧)を超えた核内部の230万気圧の超高圧条件まで測定することに成功したとする。

  • 1230万気圧におけるレニウムからの非弾性散乱の測定例。

    1230万気圧におけるレニウムからの非弾性散乱の測定例。1秒間で0.025カウント程度の弱いシグナルだが、レニウムからの横波(赤のピーク)による非弾性X線散乱シグナルが、レニウムの縦波(青のピーク)と、高圧発生装置であるダイヤモンドからのシグナル(黄と緑のピーク)と明確に分離できたとする。(出所:東北大プレスリリースPDF)

3つの物性の測定が可能となったことで、核内部に相当する超高圧下においても、絶対圧力スケールの作成が可能になった。そして研究チームはこの3つの物性を用いて、金属レニウムの超高圧下で得られた絶対圧力スケールによる、レニウムの圧縮曲線を作成し、先行研究の同圧縮曲線と比較を行った。すると従来の圧力スケールは、核マントル境界の135万気圧を超えるような圧力では、圧力を有意に過大評価していることが判明。その差は圧力の増加と共に増え、230万気圧では20%以上も過大に見積もられていたことが明らかになった。

  • 絶対圧力スケールと従来の圧力スケールによって評価された金属レニウムの圧縮曲線の比較。

    絶対圧力スケールと従来の圧力スケールによって評価された金属レニウムの圧縮曲線の比較。黒の■と線が、今回の研究で構築された絶対圧力スケールによって評価された、レニウムの各測定条件における圧力と密度の関係(圧縮曲線)。赤は衝撃圧縮実験、黄は理論研究、緑はルビー・ヘリウム・タングステンスケール、青は金スケールによる、先行研究の圧縮曲線。温度はいずれも常温。(出所:東北大プレスリリースPDF)

「地球内部構造モデル」(PREM)によると、地球内部で大きな領域を占めるのが、上部マントル(およびマントル遷移層)、下部マントル、外核、そして内核だ。上部マントルがカンラン石、下部マントルがブリッジマナイトやフェロペリクレースなどの鉱物、外核が液体鉄合金、内核が固体鉄合金で構成されており、内核には一部にケイ素、硫黄のような軽い物質が含まれている。

  • (左)地表からの深さに対する地震波速度と密度の相関。(右)地球内部構造の模式図。地震波速度観測による、地表からの深さに対するP波(縦波)とS波(横波)の伝播速度分布と密度分布。

    (左)地表からの深さに対する地震波速度と密度の相関。(右)地球内部構造の模式図。地震波速度観測による、地表からの深さに対するP波(縦波)とS波(横波)の伝播速度分布と密度分布。PREMによると地球内部は、上部マントル(およびマントル遷移層)、下部マントル、外核(液体鉄合金)、内核(固体鉄合金)の4層に大きく分かれている。(出所:東北大プレスリリースPDF)

従来の圧力スケールに基づくと、金属鉄とPREMの密度差の見積もりが約4%だったのに対し、絶対圧力スケールに基づいた金属鉄とPREMの密度差は約8%と、2倍の密度差に相当することがわかった。外核の条件においても、絶対圧力スケールによる金属鉄とPREMの密度差は、これまでの推定値と比べ30%~50%も大きくなるという。この結果を基に、地球の核に軽い物質がどのくらい含まれているのか計算を行ったところ、核には地殻の5倍以上に相当する量の軽い物質が含まれていることになるとし、これは地球の内部構造に対する従来議論に変更を迫る重要な知見であるとする。

  • 絶対圧力スケールで再評価され地球の内核境界の条件下の金属鉄の密度とPREMとの比較。

    絶対圧力スケールで再評価され地球の内核境界の条件下の金属鉄の密度とPREMとの比較。赤■が、今回の絶対圧力スケールによって再評価された、地球の内核の温度圧力条件(内核境界を330万気圧、地球中心を365万気圧、温度はともに6000Kと推定)における金属鉄の密度。灰〇が地震波観測によって得られたPREMによる内核の密度で、今回の研究による鉄の密度との差は約8%。青▲は、従来の圧力スケールによる、先行研究の金属鉄の同条件における密度で、PREMとの密度差は約4%。今回の研究と先行研究による密度差には2倍に相当する開きがあり、これは地球の核には、これまでの見積もりの2倍の量の軽い物質が含まれている可能性が示唆された。(出所:東北大プレスリリースPDF)

研究チームによると、今回決定された絶対圧力スケールの影響は、地球の核だけに限定されないといい、地球の核よりも大きな圧力下にある太陽系の巨大惑星や系外惑星の内部構造の研究にも、変更を迫るものとしている。ひいては物性物理学、化学、そして材料科学で取り扱われるあらゆる物質の超高圧下における振る舞いに対しても再考を促す成果であり、高圧科学分野全般に大きな影響を与えるものだという。

また今後研究チームは、今回の絶対圧力スケールの精度を高めると共に、同スケールが適用できる圧力範囲を、地球の核内部の圧力より高い圧力の系外惑星内部にまで拡張していくことを検討しているとのこと。加えて、絶対圧力スケールを用いて、地球の核と系外惑星の内部の構造をより詳細に再評価することについても計画しているとしている。