広島大学、大阪大学(阪大)、京都大学(京大)の3者は9月22日、発電材料である「π共役ポリマー」がアモルファスでありながら有機薄膜太陽電池(OPV)のエネルギー変換効率(以下「変換効率」)を高める手法を開発したことを共同で発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の尾坂格教授、同・斎藤慎彦助教、阪大大学院 工学研究科の佐伯昭紀教授、京大大学院 工学研究科の大北英生教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般とその関連分野を含めたオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」に掲載された。

OPVは、溶液プロセスによりプラスチック基板上に製造できるため、軽量、フレキシブル、シースルーといった優れた性質を持つ。それにより、建物の壁や窓などの垂直面、テントやビニールハウスなどへの設置も可能だ。また、同様の特徴を持つ塗布型のペロブスカイト太陽電池が、発電層に鉛などの重金属を含むのに対し、OPVは自然素材と同じ有機物しか用いておらず環境に優しい点も特長となっている。

実用化に向けたOPVの最大の課題は、シリコン太陽電池やペロブスカイト太陽電池よりも変換効率が低い点だ。通常、太陽電池を高効率化するには、発電層に用いる半導体を結晶化させる必要がある。OPVでの場合は、半導体であるπ共役ポリマー(炭素-炭素の二重結合と単結合が繰り返す「π共役構造」を基本構造とする高分子化合物)の結晶性を高めることが重要だ。

一般的にポリマーの薄膜では、ポリマー鎖が自己組織化により整然と配列した結晶相だけでなく、同鎖が複雑に絡まって配列していないアモルファス相が存在する。π共役ポリマーの結晶相においては、ポリマー鎖中の連結した複素芳香環の平面が同一平面内に揃う(平面性が高まる)ことで、同鎖同士が近づいて配列するため、電荷が流れやすくなる。しかし、アモルファス相ではポリマー鎖の平面性が低くポリマー鎖同士も配列していないため、電荷が流れにくかった。そのため、結晶相の比率が増えれば(結晶性を高めれば)変換効率が高くなるとする。

  • 複素芳香環平面が同一平面上にあるπ共役ポリマーのポリマー鎖

    (a)複素芳香環平面が同一平面上にあるπ共役ポリマーのポリマー鎖。(b)平面性が低いπ共役ポリマーのポリマー鎖。(c)π共役ポリマーの結晶相。(d)π共役ポリマーのアモルファス相。(e)PSTz2のアモルファス状態の模式図。平面性が高いポリマー鎖は剛直なため配列しやすいが、平面性が低いポリマーは柔らかいため配列しづらい。PSTz1は(d)の構造に相当。PSTz2のポリマー鎖には、平面性が低い部分も含まれるが、大部分は平面性が高いと考えられるという(出所:広島大プレスリリースPDF)

OPVでは、π共役ポリマーをp型半導体とし、n型半導体となる有機材料(フラーレン誘導体や非フラーレン系材料π共役分子など)と混合させるが、そのような混合膜ではどうしてもアモルファス相の比率が増えてしまうため、それをいかに制御するかが変換効率を向上させるための大きな課題となっていた。または発想を逆転させ、「アモルファス相においても電荷輸送性が高いπ共役ポリマー」を開発できれば、結晶化なしでも高効率化が可能であると考えられているという。

そこで研究チームは今回、π共役ポリマーとして、同じポリマー鎖に「分岐状アルキル基」が置換された「PSTz1」と、「トリアルキルシリル基」が置換された「PSTz2」を合成して比較することにしたとする。

両ポリマーと、n型有機半導体「IT-4F」を混合させた薄膜は、X線回折測定で非常に弱い回折ピークしか示さなかったことから、いずれもアモルファスであることが判明。しかし分光測定の結果、PSTz2ではPSTz1に比べて、著しく強いピークが示されたことから、ポリマー鎖が高い平面性を示すことが確認された。つまり、PSTz1は従来のπ共役ポリマーと同様に、アモルファスであり平面性は低く、PSTz2はアモルファスでありながら、ポリマー鎖の大部分は平面性が高いという特異的な構造を有することが突き止められたのである。そして電場吸収スペクトル測定の結果、PSTz2は平面性が高いことから、PSTz1に比べて顕著な電荷の広がりを持つことが明らかにされた。

  • 今回開発されたπ共役ポリマーPSTz1とPSTz2の化学構造

    今回開発されたπ共役ポリマーPSTz1とPSTz2の化学構造。PSTz1は置換基としてアルキル基(青色ハイライト部分)、PSTz2はトリアルキルシリル基(赤色ハイライト部分)を有する(出所:広島大プレスリリースPDF)

さらに、時間分解マイクロ波伝導度測定の結果から、PSTz2はPSTz1に比べて1桁高い電荷輸送性を示すことが判明。そこで、これらの混合膜を用いてOPV素子が作製され、PSTz2は13.0%と、PSTz1(8.9%)よりも1.5倍以上高い変換効率が示された。また、PSTz2のOPV性能は、広島大の研究者らが以前に開発した結晶性π共役ポリマーと同程度であることもわかったとする。薄膜全体としては完全なアモルファスでありながらポリマー鎖の平面性が高いという従来の常識を覆す構造を有するπ共役ポリマーが開発されたのである。

  • 今回開発されたポリマーとIT-4F混合薄膜のX線回折測定の結果

    (a)今回開発されたポリマーとIT-4F混合薄膜のX線回折測定の結果。15°付近の回折ピークが幅広で弱いことからアモルファスである。(b)開発されたポリマーとIT-4F混合薄膜の吸収スペクトル。PSTz2では580ナノメートル付近のピーク強度が顕著に大きく(黄色ハイライト部分)、ポリマー主鎖の平面性が高いことが示されている(出所:広島大プレスリリースPDF)

研究チームは今後、なぜPSTz2がアモルファスでありながらポリマー鎖の平面性が高いのかという、特異的な構造を形成する点についての解明を急ぐという。また、PSTz2は薄膜全体がアモルファスだが、将来的には結晶相とアモルファス相が混在する薄膜中のアモルファス相において、このような構造を形成するポリマーの開発を目指すとした。それが実現できれば、シリコン太陽電池に匹敵する変換効率の達成も期待できるとしている。