国立天文台(NAOJ)は9月20日、NAOJが運用する国内の4つの電波望遠鏡を連携させた超長基線干渉計(VLBI)プロジェクト「VERA」により、天の川銀河中心の超大質量ブラックホールから約300光年離れた領域に存在する巨大分子雲の三次元の位置と移動速度の精密測定に成功したことを発表した。
同成果は、NAOJ 水沢VLBI観測所の酒井大裕特任助教らの研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する欧文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
天の川銀河は渦巻銀河の一種ではあるが、中心近くに棒状の構造を持つ棒渦巻銀河であると考えられている。この棒構造も回転しており、その重力の影響で銀河の内側にある天体は複雑な動きが確認されている(太陽など、外側の円盤部分の天体は円に近い運動をしている)。
棒構造の影響で、内側では特に中心から約300光年の位置には、都市圏を取り囲む環状線のように高密度な分子雲が集中する領域が存在することがわかっていた。これまで、電波や赤外線、X線などの観測を通して分子雲の三次元的な位置関係や運動を明らかにする研究がなされてきたが、定説はいまだに得られていないという。この問題を解き明かす手法の1つとして、VLBI観測の高い空間分解能を活かした年周視差測定による距離決定と、天球面上での天体の動きである固有運動の測定による三次元速度の決定は重要な役割を果たすと考えられていた。
VLBIとは「Very Long Baseline Interferometry」の略称で、「超長基線干渉計」のことをいう。複数の電波望遠鏡が連携することで、最も離れた電波望遠鏡同士の距離を直径とする巨大な電波望遠鏡と同等の性能を得られる技術だ。NAOJは岩手県奥州市の水沢局、鹿児島県薩摩川内市の入来局、東京都小笠原村の小笠原局、沖縄県石垣市の石垣島局の4つを連携させてVERAを実施している。同プロジェクトの4局の中では水沢局と石垣島局が最も離れており、直径約2300kmの電波望遠鏡と等しい観測性能を得られるのである。
今回の研究では、VERAを用いて天の川銀河の中心にある分子雲「いて座B2」の三次元の位置・速度を精密に測定することにしたという。いて座B2は新しい星が大量に生まれている領域で、天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホールから約300光年離れている。VERAの特徴である2ビーム観測によって、いて座B2から発せられている水メーザーのモニター観測が行われた。なおメーザーとはレーザーの電波版のことで、水メーザーとは水分子の励起状態が反転分布する際に放射される、波長約1.35cm・動数22GHzの強い電波のことである。
測定の結果、いて座B2までの距離は約2万4000(-5500/+1万)光年であり、超大質量ブラックホールに対して秒速約140kmの速度で移動していることが判明。これは、先行研究で提唱されていた距離や運動と矛盾せず、VERAによる直接的な測定が先行研究を裏付ける結果となったとした。これにより、天の川銀河の中心の周囲を分子雲が高速で動いていることが確認されたのである。
今後、VERAに韓国や中国の電波望遠鏡を加えた東アジアVLBI観測網を用いてより高感度な観測を行うことで、いて座B2以外の分子雲に対しても三次元位置と速度の測定を行うことができる見通しとした。天の川中心にある分子雲がどのように動いているかを把握することで、超大質量ブラックホールに物質が運ばれていくメカニズムが明らかになることが期待されるとしている。