東京大学(東大)は9月19日、ダイヤモンド量子センサを用いて超伝導体の「量子渦」を広視野で可視化することに成功したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻の西村俊亮大学院生、同・小林拓大学院生、同・佐々木健人助教、同・小林研介教授(同・大学 知の物理学研究センター兼任)、東京工業大学 工学院の辻赳行大学院生、同・岩﨑孝之准教授、同・波多野睦子教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

  • 超伝導体における量子渦

    超伝導体における量子渦(出所:東大Webサイト)

超伝導現象において観察される量子渦は、量子力学の根幹に関わる現象であり、これまでさまざまな手法を用いてそのイメージングが行われてきた。磁場を定量的に測定する手法としては、ダイヤモンド結晶の格子欠陥の1つである窒素空孔中心(NV中心)を利用するダイヤモンド量子センサがある。

これまでは、単一のNV中心をプローブとする走査型プローブ手法を用いて量子渦の観測が多く行われてきたが、カメラを用いて多数のNV中心を同時に測定することによって、広視野で磁場イメージングを行う手法も追求されている。この広視野イメージング手法は極限環境でも利用できることなどから、従来の走査型プローブ手法では不可能だった研究が可能になると期待されている。

  • ダイヤモンド量子センサによる超伝導体量子渦の観測のセットアップ

    ダイヤモンド量子センサによる超伝導体量子渦の観測のセットアップ。(左)外部磁場が存在する場合、超伝導体の内部に量子渦が生成されることがある。量子渦は、線状になった磁束(青い細矢印)の周りを永久電流(円状の赤矢印)が取り囲む構造を持つ。今回の研究では、量子渦から漏れ出た磁場が可視化された。(右)光学クライオスタット内のステージに、ダイヤモンド量子センサ基板と超伝導体をセットし、温度を変えながら顕微鏡で観測が行われた(コイルとアンテナは、それぞれ磁場とマイクロ波を印加するために使用)(出所:東大Webサイト)

しかし、従来の広視野イメージング手法は、走査型プローブ手法に比べて磁場の測定精度を高くできないことが課題となっていた。その理由は、以下の2点だ。

  1. NV中心がダイヤモンドのさまざまな結晶方向を向いているために、所望の方向の磁場成分を取り出すことが難しいこと
  2. 結晶に内在する「ひずみ」のために、個々のNV中心の特性がばらばら(不均一)になってしまうこと

そこで研究チームは今回、すべてのNV中心の方位が完全に整列したダイヤモンド量子センサ基板を活用し、さらにNV中心の不均一性を取り除く解析手法を開発することにしたという。

実験では、多数のNV中心から構成されるダイヤモンド量子センサが、化学気相成長法を用いて(111)Ibダイヤモンド基板(1×1×0.5mm3)上に成長させた厚み2.3μmの薄膜内に配置された。このダイヤモンド量子センサ基板の大きな特徴は、成膜条件を工夫することによって、NV中心の方位が基板表面に対して垂直になる点にあるという。これにより、基板表面に垂直方向の磁場成分だけを高精度に測定することが可能になったとした。

  • 量子渦磁場の広視野精密イメージングン

    量子渦磁場の広視野精密イメージング。(a)超伝導転移温度より上から超伝導転移温度以下の40Kまで、3つの異なる磁場を印加しながら冷却した超伝導体における量子渦(明るい点)の像。左から右に向かって、磁場が大きくなると共に量子渦の個数が増えていることがわかる。(b)多数の量子渦を調べ、磁束が量子化していることを示した結果。赤い縦線は超伝導体とダイヤモンド量子センサの距離を考慮して求められた観測されるべき磁束の理論値。(c)量子渦の中心からの距離の関数として、量子渦の周りの磁場分布が求められたもの。ここでも多数の量子渦の観測結果が用いられている。赤い実線は理論モデル(出所:東大Webサイト)

このダイヤモンド量子センサ基板を、超伝導転移温度88.7K(約-184.5℃)のYBCO薄膜にニスで貼り付け、光学クライオスタット中のステージ上に設置された。コイルを用いて磁場を印加しながら、ステージの温度を超伝導転移温度以上から以下に下げる「磁場中冷却」が行われ、超伝導体に量子渦が生成された(量子渦の密度は、磁場中冷却の際の印加磁場を変えることで制御可能)。

このセットアップを用いて、量子渦からの漏れ磁場の精密測定が行われた。具体的には、緑色レーザーがダイヤモンドに照射され、NV中心から放射される赤色蛍光がCMOSカメラによりイメージングされた。マイクロ波を印加しながら赤色蛍光の強度が測定されたところ、特定のマイクロ波周波数でNV中心内の電子スピンが磁気共鳴を起こす結果、赤色蛍光の強度が減るという現象「光検出磁気共鳴」(ODMR)が発生した。共鳴が起こるマイクロ波周波数は電子スピンが感じている磁場と正確に1対1で対応しているという。このように、発光を観測することによって局所的な磁場を検出することが可能となるのである。

これをCMOSカメラで顕微鏡の視野全体に対して行い、多数のNV中心からのODMRスペクトルを同時に測定することで、あたかも目で見るかのように磁場を可視化できるのである。これが、NV中心を量子センサとして用いる磁場イメージングの原理とした。

また今回の研究では、コイルを精密に制御しながら完全無磁場の状況が実現され、その際に観測されるODMRスペクトルから結晶内部のひずみ分布が求められた。そのひずみ分布をもとに画像の点ごとにODMRスペクトルの解析を行うことによって、量子渦からの漏れ磁場を5.47μTの精度(地磁気の10分の1程度)で測定することに成功したという。この工夫によって、個々のNV中心の不均一性のためにこれまで困難だった広視野における高精度な磁場イメージングが可能になったとした。

今後は、発現機構が不明な超伝導メカニズムの解明や、新しい超伝導体の探索、高圧下での高温超伝導体の観測などへの展開が期待されるという。今回の研究は、量子センサを物性計測に適用することで新展開が可能であることを示す好例であり、量子センシング研究のさらなる発展に資するものとしている。