北海道大学(北大)は9月15日、星間分子雲(星間ガス)中における極低温の氷微粒子表面上での化学進化を調べるため、独自に開発した手法によりその場観察を実現し、氷表面上での炭素原子の振る舞いを初めて観測するとともに、炭素原子が動き出す温度を計測することにも成功したと発表した。

  • 宇宙空間では氷微粒子上に炭素原子が降り注ぐ。炭素原子を検出する独自の手法を用いて、炭素原子の拡散(氷表面を動き回ること)が捉えられた。

    宇宙空間では氷微粒子上に炭素原子が降り注ぐ。炭素原子を検出する独自の手法を用いて、炭素原子の拡散(氷表面を動き回ること)が捉えられた。炭素原子の関わる化学反応により、多様な有機分子中の炭素鎖が成長することが期待される。背景は実際の星間分子雲の「馬頭星雲」。(出所:北大プレスリリースPDF)

同成果は、北大 低温科学研究所の柘植雅士助教、同・渡部直樹教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。

星のもとである星間分子雲は、高温であるというイメージを持たれることも多いが、実際にはその反対であり、最低温度約-263℃という極低温である必要がある。このような極低温環境は当然ながら化学反応には適さないはずだが、同分子雲には有機分子を含む多種多様な化学種が存在することが、これまでの観測から確認済みだ。

原子や単純な分子からより複雑な化学種が生成されていく過程である化学進化が宇宙で起きるには、星間分子雲中に浮遊している氷微粒子が重要な役割を果たすと以前から予想されており、実験的にも証明されてきた。

この仮説で重要となるのは、反応性の高い化学種であるラジカルだ。星間分子雲での多様な有機分子の存在は、炭素を含むラジカル種の反応が活発に生じていることが示唆するものだという。しかしながら、多くの有機分子が持つ炭素鎖(炭素原子が複数個連なったもの)がどのように成長するかは、これまで不明だった。そこで研究チームは今回、ラジカル種のうち、最も単純な炭素原子に着目したとする。

炭素原子は、さまざまな化学種と反応して炭素鎖の成長に寄与すると考えられている。ただし氷微粒子の表面で化学進化を起こすためには、まず炭素原子が表面上を動き回って、反応相手を見つけ出す必要がある。実験から、炭素が氷表面を動き始める温度を決定することで、同原子が関わる反応、さらには、氷微粒子上での化学進化についての理解を深めることにつながるとし、実験を進めたという。

一般的な分析手法では、氷微粒子表面上の炭素原子をその場観察することは不可能だ。そこで今回の研究では、2種類のレーザーを用いた独自の手法を開発し、その場観察を実現したとのこと。まずは、低温科学研究所で独自に開発された真空実験装置内に、宇宙空間に存在する氷微粒子を再現し、炭素原子を発生させる装置を用いてその表面に同原子を付着させた。次に、炭素原子を1つ目のレーザーで表面から真空中に飛び出させ、出てきた同原子を2つ目のレーザーで分析することで、氷表面の同原子の観察が行われた。そして実験の結果、氷に付着した一部の炭素原子は、極低温の条件下でも表面を動き回ることが明らかになったとしている。

  • 低温科学研究所で開発され、今回の研究に用いられた実験装置「RASCAL」。宇宙環境を再現するための超高真空槽の中心部に極低温の氷が作製された。

    低温科学研究所で開発され、今回の研究に用いられた実験装置「RASCAL」。宇宙環境を再現するための超高真空槽の中心部に極低温の氷が作製された。炭素原子源から供給される炭素原子を氷表面に付着させ、小型レーザーと色素レーザーを組み合わせて炭素原子の振る舞いが調べられた。(出所:北大プレスリリースPDF)

研究チームはこの発見について、最近の理論的研究から示唆されていた「炭素原子は氷表面に強く結びつき動けない」という描像とは大きく異なるものであり、氷微粒子上で同原子がさまざまな分子種と化学反応を起こし大きな有機分子を生成しうることを示すとする。

氷微粒子上での化学進化は10万年というタイムスケールで進行するため、10万年の間に氷星間塵(直径およそ0.0001mm)の表面をくまなく動き回ることができる温度を知ることが重要となる。実験から決定された炭素原子が動き始めるのに必要な活性化エネルギーから、およそ-250℃を超えると同原子が活発に動き回ることが確認された。星間分子雲では、その中で星の形成が進むにつれて、最低-263℃程度だった環境の温度は徐々に上昇していく。つまり、温度上昇に伴って炭素原子が動き始め、炭素鎖の生成を伴う活発な化学進化が起きることになるのである。

  • 氷表面を動き回る炭素原子の反応経路。炭素原子がメタノール分子と出会うと、炭素原子が挿入され新たな分子が生成される。この分子は、エタノールの前駆体と考えることができる。また、炭素鎖分子と出会うと、炭素鎖の成長が起きる。炭素鎖分子の生成は主に気相中で起こると考えられてきたが、今回の研究結果は、氷微粒子表面でも生成しうることが示唆された。

    氷表面を動き回る炭素原子の反応経路。炭素原子がメタノール分子(CH3OH)と出会うと、炭素原子が挿入され新たな分子(CHCH2OH)が生成される。この分子は、エタノール(C2H5OH)の前駆体と考えることができる。また、炭素鎖分子と出会うと、炭素鎖の成長が起きる。炭素鎖分子の生成は主に気相中で起こると考えられてきたが、今回の研究結果は、氷微粒子表面でも生成しうることが示唆された。(出所:北大プレスリリースPDF)

研究チームによると、今回の研究で決定された温度をもとに化学進化のシミュレーションを行うことで、動き回る炭素原子の化学反応が、有機分子の生成にどのように寄与するのかを解明することが可能だという。また今回見出された現象は、炭素原子の存在量が多く、温度が比較的高い領域で最も重要となる。そして今回の成果は、そのような領域における長い炭素鎖を持った有機物の起源として、同原子の氷表面反応を考慮することの重要性を示唆するだけでなく、将来的な天文観測の指針となるとする。

星間分子雲の氷微粒子表面では、炭素原子だけでなく、さまざまなラジカル種が複雑な分子の生成に関わっている。その中でも、ほんのわずかなラジカル種(水素原子、炭素原子、OHラジカル)についてのみ、氷微粒子表面での振る舞いが明らかにされつつあるが、氷微粒子表面での化学進化過程の全容に迫るためには、ほかの重要なラジカル種の振る舞いも解明していくことが必要だという。研究チームは今後、独自の実験手法を駆使して、その全容解明に向けた研究を進めていくとしている。