北海道大学(北大)と国立極地研究所(極地研)の両者は9月12日、2019年12月の第61次南極観測地域観測事業(JARE61)の一環として、海上自衛隊の協力のもとヘリコプターを用いた海洋観測を実施し、南極東部で最も融解している「トッテン氷河・棚氷」への高温の水塊の流入経路を初めて特定したと共同で発表した。

同成果は、北大 低温科学研究所の中山佳洋助教、同・青木茂准教授、極地研の田村岳史准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、地球科学全般を扱う学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載された。

南極大陸には地球上の氷の約90%が存在しており、それらすべてが融解してしまった場合、地球の平均海面は約60mも上昇するとされている。東南極域に位置するトッテン氷河・棚氷がすべて融解しただけでも、約4mの海面上昇につながるとされている。人工衛星の観測によっても、トッテン氷河の氷が海に流出したことにより1979年から2017年の間に0.7mm程度、海面が上昇したと推定されている。

  • JARE61よりも前に日本/海外の砕氷船によって実施された海洋観測点

    (左)JARE61よりも前に日本/海外の砕氷船によって実施された海洋観測点。赤線は想定される温かい水塊の経路、橙丸は2015年以降に温かい水塊が観測された場所、青丸は温かい水塊の経路上と想定されるが観測が存在しない場所。(右)JARE61でのヘリを用いた観測点。橙線は、温かい水塊の流入が確認された観測点(出所:北大プレスリリースPDF)

南極の氷が失われる原因は、暖かい海水が棚氷下部へ流入することだ。2015年以降、豪州、日本、米国によって、トッテン氷河・棚氷付近での海洋観測が実施されており、水温が約0℃の水塊があると示されたことで海の影響によってトッテン棚氷が融解していることが判明したのである。通常、水の氷結点は0℃だが海水中では-2℃程度であり、0℃でも十分氷を融解することのできる温度なのである。そのため、この温かい水塊の流入経路の特定とその変動メカニズムの解明が、同氷河・棚氷の融解による海面上昇への影響を予測するための喫緊の課題となっているという。しかし同氷河・棚氷付近の海域は、分厚い海氷や多数の巨大な氷山によって阻まれており、また海面がきつく閉ざされることも多く、世界各国の砕氷船をもってしてもこれらの海域に進入することはできなかったとする。

  • センサ投下のために用いられたヘリ

    (左)センサ投下のために用いられたヘリ。海上自衛隊が運航する「しらせ」に搭載されている。(右)観測測器投下のために開けられたヘリの後方ハッチから撮影された「しらせ」(出所:北大プレスリリースPDF)

航空機での観測も可能だが、航空機はホバリングができないため、大きく海面が開いた海域にしか観測センサを投下できず、トッテン氷河・棚氷付近には適していなかった。そのため、海氷や氷山にきつく閉ざされた海域の海洋観測を行うことは、これまでは基本的に困難とされてきたのである。そこで研究チームは今回、JARE61の一環として、ヘリを用いた海洋観測を実施することにしたという。

ヘリは南極観測船「しらせ」に搭載されて運ばれた。今回は、2種類の海洋観測測器(AXCTD/AXBTセンサ)が投下され、海中温度、塩分などの水塊構造に関するデータが取得された。ヘリによる今回の観測は6日間行われたが、その間に67地点を観測し、短時間での広域観測が達成された。しかも、過去の砕氷船が観測してきた領域の倍以上となる範囲の未到達領域が観測されたとした。

  • ヘリからAXCTDセンサを投下している様子

    ヘリからAXCTDセンサを投下している様子(出所:北大プレスリリースPDF)

また、今回の観測では砕氷船では近づくことさえできない氷山や海氷に覆われた海域にも進入した。たとえばトッテン氷河・棚氷沖の幅約20mの海氷の割れ目、モスクワ大学棚氷付近の氷山と海氷に囲われた幅約15mの氷の割れ目など、非常に小さな海氷の隙間から、海中にセンサを投下することにも成功したとする。

  • 画像1のラインAに沿った断面の水温分布

    画像1のラインAに沿った断面の水温分布。トッテン棚氷に向かって、結氷点よりも1~2度高い0℃前後の温かい海水が、150kmもの幅で海底付近を流入していることが初めて捉えられた(出所:北大プレスリリースPDF)

今回の観測の結果、トッテン氷河・棚氷沖の大陸棚上を東西南北に広くカバーする海洋観測から、東経116.5~120.5度と幅約150kmの幅広い範囲で温かい水塊の流入があることが判明。結氷点よりも約1~2℃温かい水塊は、海底から50~100mの部分に存在し、この水塊が同氷河・棚氷に向かって流入していることが確認された。同氷河・棚氷への高温水塊が流入するその全容が初めて捉えられたとした。

  • トッテン棚氷前面部の観測点

    (a)トッテン棚氷前面部の観測点。すべて幅約30mの海氷の割れ目。(b)モスクワ大学棚氷沖の観測点。これらの観測点は幅15~30mの氷の割れ目。(c・d)センサの投下の様子とC25の観測点の航空写真。(出所:北大プレスリリースPDF)

今回の観測により、ヘリと砕氷船の両方を用いることで、より効率的に重点的な観測を実施するべき場所を特定できること、また、ヘリでしか到達できない場所での観測を実施できることなど、新たな南極海洋観測の展開が示唆されたとした。今回の研究で得られた知見は、今後の海洋観測計画や数値モデル開発に役立つとしている。

今後、今回と類似した観測が、日本を含めて国際的に継続されることが期待されるとする。たとえば、豪州では「East Antarctic Grounding Line Experiment(EAGLE)」プロジェクトが立ち上げられており、航空機を用いた南極沿岸域の観測が計画されている。なお同プロジェクトには、日本も参加する予定としている。