はじめに
USB Type-Cでは、旧世代のUSBと比べてはるかに高い柔軟性が得られます。そのため、USB Type-C(以下、USB-C)に対応するポートは、民生用機器において標準的に使用されるようになりました。そうした機器では、より多くの電力に対応しつつ、より長いバッテリ寿命を実現することが強く求められています。つまり、より高い電力レベルで充電できるようにしなければならないということです。本稿では、まず並列に接続したバッテリを充電(以下、並列バッテリ充電)するためのアーキテクチャについて説明します。その基本とユース・ケースについて押さえた上で、USB-Cを利用して充電を行う方法と得られる効果について解説します。更に、USB-Cを利用した並列バッテリ充電が民生機器の市場にもたらすメリットとデメリットについてまとめます。
並列バッテリ充電とは何なのか?
バッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システムでは、バッテリの構成を変更することによって、いくつかの異なる結果を得ることができます。図1は、一般的に使用されているバッテリの構成を表しています。代表的な構成方法の1つは、図1(上)に示したように、バッテリを直列に接続するというものです。この構成では、高い供給電圧を実現することができます。ただ、バッテリの容量が増えるわけではありません。通常、この構成はより高い電圧が必要な製品に適用されます。もう1つの選択肢が、図1(下)に示したようにバッテリを並列に接続する構成です。この方法では、供給電圧を高めることはできません。しかし、バッテリの容量を増やすことができます。
民生用の機器においては、バッテリの寿命を延ばすことが非常に重要な課題になります。そのため、機器のメーカーは、バッテリ・パックの限られた容量を活かし、電力の消費量を節約して、より長い寿命を実現するための工夫を凝らす必要があります。恐らく、バッテリの寿命を延ばすための最良の手段は、バッテリを並列に接続するというシンプルな手法です。そのためには、並列バッテリ充電を実現する必要があります。それにより、ユーザは複数のバッテリを一度に充電できるようになると共に、バッテリの寿命の延伸と信頼性の向上というメリットを享受できるようになります。
USB-Cによる並列バッテリ充電を実現する
先述したように、USB-Cであれば、USB 2.0やUSB 3.0と比べて、より高いレベルの電力で機器を充電することができます。USB-Cの最新バージョンであるUSB Power Delivery 3.1では、最大240Wの電力を供給することが可能です。ただ、ほとんどの民生用機器では、そこまでの電力は必要ありません。
この仕様は、前世代のUSBと比べてUSB-Cの堅牢性が高まっていることを表すものだと言えるでしょう。USB-Cでより大きな電力を扱えるようになったことは、消費者の要求と密に関係しています。この進化は、並列バッテリ充電に対応する機器が目指す電力レベルの向上とバッテリ寿命の延伸を支えるものです。民生用機器のバッテリ容量は、並列構成のバッテリを採用することで増加します。そうすると、機器への給電を担うチャージャについては電力の要件が厳しくなります。加えて、民生機器の市場は、ユーザができるだけ長い時間にわたって機器を利用できるようにすることを目指しています。USB-Cポートから供給する電力が増えれば、従来よりも短い時間で機器を充電できるようになります。つまり、充電ケーブルを接続せずに自由に機器を使用できる時間を増やすことが可能になります。
メリットとデメリット
USB-Cによる並列バッテリ充電は、既に多くのアプリケーションで採用されています。今後も、民生用の多くのアプリケーションで広まっていくでしょう。実際、USB-Cに対応するポートとケーブルは、電力、コスト、シンプルさの面で民生市場に大きなメリットをもたらします。その一方で、指摘しておくべき欠点もいくつか存在します。表1、表2にUSB-Cによる並列バッテリ充電のメリットとデメリットについてまとめます。
MAX17330による実装例
図2に示したのは、並列バッテリ充電に対応するシステムの構成例です。ここでは主要な要素としてアナログ・デバイセズの「MAX17330」を使用しています。この製品は、バッテリ・チャージャ、残量ゲージ、プロテクタなどのあらゆる機能を内蔵するICです。これを使用すれば、USB-Cに対応するチャージャ/コンバータから電力を受け取り、並列バッテリ・パックの高速充電を実施することができます。その結果、機器を実際に使用できる時間を可能な限り延ばすことが可能になります。
また、この構成であれば、AR/VR(拡張現実/仮想現実)用ヘッドセットの反対側や、折り畳み式携帯電話のそれぞれの側など、各バッテリをそれぞれ独自の位置に配置することができます。加えて、このICを採用すれば、次のようなメリットが得られます。ドロップアウト電圧と発熱を最小限に抑えられる、並列バッテリのクロスチャージング(相互充電)を防止できる、並列パックを個別に充電できるといったメリットです。
MAX17330以外の構成要素
ここまで、USB-Cによる並列バッテリ充電の基本と、それによるメリット/デメリットについて説明してきました。その全体像を把握していただいたところで、アプリケーションの実例をいくつか紹介しておきましょう。民生機器の市場では、既にUSB-Cによる並列バッテリ充電の普及が進んでいます。例えば、AR/VR用のヘッドセット、コードレス・ドリルなどの工具、ノート型PC、タブレット端末など、数多くの機器で使われています。ただ、表2に示したデメリットは、この種のシステムを構築する際に課題として顕在化します。
図2の回路には、MAX17330以外の回路ブロックが存在します。それらのブロックにも、アナログ・デバイセズの製品を適用できます。例えば、USB-Cのコントローラとしては「MAX77958」、下流側の電源としては「MAX77986」を使用可能です。MAX77958を採用すれば、スタンドアロンのソリューションと、USB-Cの電力供給レベルを決定するカスタマイズが可能なファームウェアを組み合わせることで設計を簡素化することができます。
一方、下流側の電源として使用するMAX77986は、製品全体にわたって電力を供給する役割を担います。この構成は、15W以上の電力を必要とするアプリケーションに最適です。電力レベルが15W未満のアプリケーションでは、1S/3Aに対応するチャージャとUSB-Cの検出機能を組み合わせた「MAX77789」が最適なソリューションになります。これらのIC の機能を簡単に試せるように、アナログ・デバイセズは各製品に対応する評価用キットを提供しています。MAX17330の評価用キットならびにMAX77789の評価用キットはアナログ・デバイセズのWebサイトから発注することができます。プロトタイピングにMAX17330のサンプルを使用したいエンジニア向けにはサンプル用ページも用意してあります。また、MAX17330の詳細について学ぶことができるビデオも用意されています。
まとめ
世界中の消費者は、製品に関して無駄な時間が生じないよう使用効率を最大化することを重視しています。アナログ・デバイセズが提供する製品を組み合わせれば、USB-Cによって並列バッテリを高速に充電することが可能になります。それにより、最終製品のバッテリ寿命が長くなると共に充電時間を短縮できるので、効率が向上します。民生機器の市場は常に進化しています。そのため、設計者はその状況に迅速に順応し、顧客のニーズを満たすための方法を見出す必要があります。USB-Cによる並列バッテリ充電は、次世代の民生機器に適した新たな給電方法です。この手法は、常に変化する状況に対する次なる解決策となります。
本記事はADIの技術解説記事「How Parallel Battery Charging with USB-C Helps to Enhance the Consumer Experience」を翻訳したものとなります
著者プロフィール
Kyle JohnsonAnalog Devices(ADI)
アプリケーション・エンジニア
セントラル・アプリケーション・グループに所属。入社は2020年8月。その前には、Maxim Integrated(現在、アナログ・デバイセズの一部門)でインターンとしてテクニカル・セールス・チームに加わっていました。サンタクララ大学で電気工学の学士号を取得しています。