九州大学(九大)は9月8日、1988年に発生した広島県旧加計町の土砂災害(若い森林での土砂災害)と、2017年に発生した福岡県朝倉市の土砂災害(成熟した森林での土砂災害)を対象とし、同災害を引き起こした降雨および発生流木量を比較した結果、成熟した森林は若い森林と比較してより規模の大きい豪雨に対して防災機能を発揮できることを明らかにしたと発表した。
その一方で、成熟した森林では、若い森林と比較して土砂災害時の流木量が大きくなることを明らかにしたことも併せて発表した。
同成果は、九大大学院 生物資源環境科学府の佐藤忠道大学院生、同・大学院 生物資源環境科学府の香月耀大学院生、九大 農学研究院 環境農学部門の執印康裕教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
森林は樹木が根を張ることで表層崩壊の発生を抑制し、豪雨による土砂災害を防止・軽減することが知られている。この森林の土砂災害防止機能は森林の成熟に伴い向上し、逆に劣化すれば低減する。
日本では森林の成熟によって全国的に豪雨による土砂災害が減少してきたが、近年の土砂災害では大径化した樹木が流木として流出して被害を拡大する事例が見られている。たとえば、2017年7月の九州北部豪雨では、斜面崩壊・土石流の発生に伴って史上最大量の流木が観測された。このような状況から、土砂災害対策や森林資源の管理を行う上で、森林の成熟が土砂災害に及ぼす影響を総合的に検討する必要があるという。
そこで研究チームは今回、林齢の異なる人工林で発生した土砂災害を対象とし、土砂災害を引き起こした降雨および発生流木量を比較することで、森林の成熟が土砂災害に及ぼす正と負の影響を検討することにしたとする。
今回の研究では、若い森林で発生した土砂災害の例として1988年に広島県旧加計町の災害を、成熟した森林で発生した土砂災害の例として2017年に福岡県朝倉市の災害がそれぞれ対象とされた。災害発生場所は、加計町で林齢10~30年のスギ人工林、朝倉市で林齢40年以上のスギ・ヒノキ人工林だ。両災害とも「表層崩壊」が卓越しており、顕著な流木被害が確認されていた。
なお表層崩壊とは、表層土が斜面上の土層と基岩層の境界に沿って滑落する比較的小規模な崩壊現象のことをいう。それに対し、表層土だけでなく深層の地盤までもが崩壊土塊となる、比較的規模の大きな崩壊現象は「深層崩壊」と呼ばれ、区別されている。
まず、両災害で土砂災害を発生させた降雨特性および発生流木量の比較が行われた。土砂災害を引き起こした降雨特性は、「三段直列タンクモデル」での推定が行われ、統計手法によって「再現期間」への変換がなされた。
なお同モデルは、気象庁の土砂災害警戒情報などの判断基準となる土壌雨量指数の算出にも用いられており、降雨・浸透・流出過程を孔の開いたタンクを用いてモデル化したものだ。また再現期間とは、観測された事象が平均してどれぐらいの期間に一度起こるかを表すものである。
そして、災害発生時の値が比較された。また、既往の災害報告などから両災害の流域ごとの発生流木量を入手し、流域面積当たりの発生流木量が算出された。そして、その最大値と中央値の比較が行われた。
検討の結果、加計町と朝倉市の災害では三段直列タンクモデルの一段目のタンク貯留量が表層崩壊の発生に関与していた。しかし、災害発生時の再現期間は、加計町の災害で23.6年なのに対して朝倉市の災害では69.8年だった。両地域間で地質や地形的特徴に大きな違いがないことから、この46.2年の差は森林の成熟度の違いによって生じたことが考えられるという。つまり、成熟した森林は若い森林と比較して、より規模の大きい豪雨に対して土砂災害防止機能を発揮できることが明らかにされた。
一方、発生流木量の最大値を比較すると、朝倉市の災害は加計市の災害の30倍だった。同様に中央値を比較すると、朝倉市の災害は加計市の災害の4倍だった。成熟した森林は若い森林と比較して発生流木量が大きくなることも明らかにされたのである。
日本の国土の67%は森林であり、戦後の拡大造林によって造成された人工林が成熟した状況にある。また将来、気候変動によって極端豪雨の発生頻度が増加することが予想されている。今回の研究成果は、気候変動下での効果的な土砂災害対策および森林資源の管理の方向性を考える上で役に立つことが期待されるとした。