東京大学大学院工学系研究科とNECは9月5日、Beyond 5Gの社会実装に向けて、キャンパステストベッドへの共同研究技術の導入と、企業などとの共創活動を開始したことを発表した。同テストベッドでは、社会課題を解決するユースケースの実証を通じてBeyond 5G時代に必要な技術の社会実装を目指す。
同日には記者説明会が開かれ、同テストベッドに導入された設備やBeyond 5G技術のデモ、今後の共創活動などが紹介された。
Beyond 5Gは、「5Gの次の世代の無線通信システム」を意味する。現在では、主に2030年代に導入される予定の6G(第6世代移動通信システム)にまつわる通信技術やネットワークを指す。
今回の取り組みは2022年2月に東京大学とNECが発表した、Beyond 5Gの実現に向けた産学連携プロジェクト「Beyond 5G価値共創社会連携講座」の一環となる。同プロジェクトではこれまで、Beyond 5G関連技術の研究開発および人材育成に取り組んできたほか、東京大学内に技術実証環境としてキャンパステストベッドの設置と技術実装を進めてきた。
UL最大717Mbpsのローカル5G環境 - 産学連携で新技術を開発
キャンパステストベッド環境は、東京大学本郷地区キャンパス工3号館の会議室に設置されている。今後は同大学のキャンパス全体に同環境を広げていく構想だ。同環境では、東京大学とNECによる社会連携講座に参加する学生や社会人のほか、さまざまな産業からパートナーを集めながらBeyond 5G関連技術の研究、開発などの共創活動に取り組む。加えて、東京大学で実施している他の社会連携講座とも連携していくという。
技術の研究開発と社会受容性確認のための実証を2024年まで続け、2025年以降に技術実証で得た成果を一般企業や団体に実導入する計画だ。
キャンパステストベッドには、2023年3月に発表されたローカル5Gネットワーク構築に必要な基地局・5Gコア・MEC(マルチアクセスエッジコンピューティング)を一体化した移動・自律運用可能な通信ソリューションが試験導入されており、会議室全体(166平方メートル)をカバーする範囲のローカル5Gネットワークを構築している。
通信ソリューションとアンテナはAC電源で電力を供給する。それぞれを同軸ケーブルで繋げることでローカル5Gのネットワーク構築が可能なため、同ソリューションを屋外に設置して利用することも可能だ。
同ソリューションは、ダウンリンク(DL)通信に使用している時間帯の一部をアップリンク(UL)通信に使用することでULのスループットを向上させる、準同期TDD(Time Division Duplex)方式に対応しているため大容量の映像を伝送できる。現在、4つのTDDに対応可能で、DLの最大速度は893Mbps、ULの最大速度は717Mbpsを記録している。
東京大学大学院工学系研究科とNECは、同ネットワークを通信インフラとして使用しつつ、電波の直進性が高く障害物を回り込んだ通信が難しい一方で、大容量通信が可能な高周波数帯の無線通信(ミリ波・サブテラヘルツ波など)に関連した技術開発に取り組む。
2つのコア技術で「今・ここ・あなただけ」に必要な通信を動的に提供
高速・大容量、低遅延、多数同時接続という5Gの特性を高度化したBeyond 5Gのネットワークが社会で利用できるようになると、時間・空間といった物理的制約から解放されたコミュニケーションや働き方、暮らしが実現できるものと考えられている。
そうしたコミュニケーションや生活のユースケースとして、東京大学の学生とNECの若手社員は2030年代のキャンパスライフについて議論。未来のキャンパスでは、敷地内を行き交う個人を認識し、それぞれに適した移動手段や食事の提供、ホログラムを活用したコミュニケーションなど、個人に寄り添ったサービスが生まれてくるとした。
NEC 次世代ネットワーク戦略統括部長の新井智也氏は、「Beyond 5G時代には、時・場所・人に応じてアプリケーションの要求が多様化し、その時の状態や場所によって、人がやりたい通信やそのための要件が変わる世界になると考える。従来はすべての人に画一的にネットワークが提供されていた。だが、Beyond 5G時代には、アプリケーションのQoE(Quality of Experience、体感品質)の確保に必要な通信環境をきめ細かく、動的かつ堅牢に提供する必要がある。本テストベッドでは、そうした通信環境の実現に繋がる技術を研究開発していく」と説明した。
東京大学とNECは社会連携講座プロジェクトやキャンパステストベッドの運用にあたって、「今だけ・ここだけ・あなただけ、安心安全堅牢な通信」を目標としている。
アプリケーションやサービスに必要な通信品質の動的な変化に対応するために、今後は東京大学工学系研究科 中尾研究室が開発した「ダイナミック時空間スライシング技術」と、NECが開発した「End-to-End QoE制御技術」に注力する。両技術をコア技術として育成し、2つの技術を組み合わせた新技術の開発を進める。
ダイナミック時空間スライシング技術は、ローカル5G上で確立する技術だ。通信路上を流れるデータに対して、新たに「情報」を付与し、その付与情報に基づいた柔軟な通信制御が可能だ。これにより、例えば、測距情報を付与することでスポット的な通信可能エリアを構築したり、端末認証情報を付与することで認可された端末のみが通信できる通信エリアを構築したりできる。
End-to-End QoE制御技術は「性能要件予測AI」と「リソース最適化制御技術」を組み合わせた技術で、無線通信と端末の環境変化に応じてアプリケーションの性能要件を予測し、QoE(Quality of Experience)要件を満たすよう通信リソースを制御することができる。例えば、同技術と映像分析エンジンを組み合わせて利用すると、同エンジンの精度を維持するために必要な通信要件を予測して、映像で人が写っている部分を鮮明にして他の部分をぼやかせるなど、映像の注視領域や画質を制御して映像分析の精度を維持しつつ、通信データ量を抑制することが可能だという。
キャンパステストベッドでは2つの技術を組み合わせることで、高周波帯を含む無線ネットワークを利用しつつQoE要件を満たすように通信リソース制御を行い、さまざまなアプリケーションのQoEを安定的に満たせる技術の開発を進める方針だ。
東京大学大学院工学系研究科 教授の中尾彰宏氏は、「本キャンパステストベッドは最新の技術を体験できる場にしていきたい。同時に技術志向にならないよう、Beyond 5Gの活用シーンやユースケースに沿った技術を迅速に展開し、早期のフィードバックとアップデートを繰り返していく」と語った。
中尾氏はユースケースの一例として、顔認証技術とコア技術のコラボレーションを挙げた。例えば、顔認証である部屋に学生が入室すると、認証時にID情報との連携が行われる。PCでインターネットに接続しようとすると、自身の周囲だけに他者がアクセスできない通信環境が構築され、学生は入室時の認証を基にさまざまなアプリケーションのログインも行えるといったものだ。
今回の取り組みでは技術の開発や社会実装だけに留まらず、Beyond5G関連技術を扱える人材の育成と産業界への人材供給に向けて、企業と大学の相互人材交流や学生向けの産学連携演習なども実施していくという。