ちとせ研究所(ちとせ)と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の両者は9月4日、NEDOの事業「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」において、AIが微生物の培養状態を最適な状態にコントロールするAI自動培養制御システムを開発したことを共同で発表した。

「バイオエコノミー」は、再生可能な生物資源を利用することで、現代のさまざまな社会問題に取り組む手法であり、化学・医薬品業界、食品業界、燃料生産など、多岐にわたる産業で展開され、産業全体のバイオ化が進行している。中でも、微生物を利用して化学・医薬品素材や食品素材などを開発する「バイオ生産」は、脱石油を推進するための重要な分野として期待されており、国策として微生物の創出および培養生産のためのバイオファウンドリ拠点の整備などが進められている。

日本では、古くから食品素材などの発酵生産が盛んに行われてきたが、それを支えてきた技術を持った熟練者(匠)の高齢化や、生産地の海外移転によるノウハウの流出などの問題により、日本の発酵技術の衰退が大きな社会課題となっている。バイオエコノミーの拡大に伴い生産技術の革新が迫られ、熟練者不在でも安定した培養を実施できる技術の開発が切望されていた。そこで今回の研究では、これまで熟練者の技で行われてきた微生物培養を、AIによるコントロールに置き換える研究を進めることにしたという。

今回の研究では、まず培養に必要な学習データの再定義から行われた。AIに学習させるデータは、ヒトがその因果関係を必ずしも理解する必要はない。培養槽内で起きている何らかの変化を捉え、それらをAIに学習させることで、データと培養状況の相関性を見出して予測できるようになれば、熟練者の技に迫ることが期待できると考えられた。

しかし従来のデータだけでは、培養槽内で起きている事象を捉えるには不十分であるとされた。そこで、これまで生物学では用いられてこなかった、さまざまなセンサデバイスを独自開発することにしたという(この独自デバイスから得られるデータ群は「コンボリューショナルデータ」と命名された)。

そして、得られた膨大なコンボリューショナルデータが適切に前処理されて学習に利用され、培養状態を高精度で予測するAIモデルを構築。同モデルにより、予測に基づいた最適な培養条件が推論され、培養が常に最適な状態になるように自動的にコントロールすることが可能になったとした。

なお培養状態の予測精度は、従来データのみでAIモデルが構築された場合に比べ、コンボリューショナルデータを学習させた場合の方が格段に高いことが確認されたという。これは同データが培養液の状態をより詳細に記述できており、それを学習したAIが、データと培養状態の相関関係を正確に捉えているためと推察された。

  • AIによる自動培養制御システム概要図

    AIによる自動培養制御システム概要図(出所:ちとせWebサイト)

さらにちとせは、今回のAI自動培養制御システムの実装評価を、協和発酵バイオと共同で実施することにしたという。ちとせがセンサデバイスの実装とAIモデルの構築を、協和発酵バイオが学習データの取得とAI自動培養試験を担当し、システムの実装評価の結果、目的化合物の生産量がこれまでの最高値を超えたとする。これはAI自動培養制御システムが熟練者による培養制御を凌ぎ、高い生産量を安定して達成できることが示されているとした。なお今回の実装評価では、AIが提案した最適条件がなぜ培養状態の改善につながったのかはまだ解明されていないとしている。

  • 新規技術の開発コンセプト

    新規技術の開発コンセプト(出所:ちとせWebサイト)

また今回の自動培養試験の特筆すべき点は、培養試験ごとに培養制御の挙動がまったく異なっていたことだという。たとえば、同じ微生物を培養した試験を複数実施すると、ある試験では温度を高く制御し、また別の試験では反対に低く制御していたとする。このように大きく異なる制御が行われたにもかかわらず、最終的な目的生産物の生産量はどちらの試験もほぼ同じだったとした。これは、各試験で時々刻々と変化する培養状態をAIが正確に把握し、それぞれの状況に応じて最適な状態に改善するようなコントロールを行っていたためと推測された。

生物を利用するという特性上、同じように微生物を仕込み、同じ条件で培養を開始しても結果が異なることがある。これは以前から培養の安定性に関する課題とされており、たとえ熟練者であっても培養中に精密なパラメータ操作によって培養を持ち直すことは困難とされてきた。今回の自動制御システムではこの不安定さをも正確に捉え、最適な状況へのコントロールを可能にしていることが考えられるとしている。

なお、ちとせは2027年度までにAI自動培養システムの製品化を目指すとしている。またNEDOは、バイオものづくりが一層発展することにより、今回の事業が目的とする炭素循環型社会の実現を目指すとした。