東北大学は8月31日、金属イオンアフィニティー法を用いて精製した、ハブ毒の主要成分であるタンパク質分解酵素「ヘビ毒メタロプロテアーゼ」(SVMPs)が、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβ(Aβ)のヒト細胞からの生産を大幅に減少させることを明らかにし、Aβを無毒な短いペプチド「p3」に分解する切断部位を特定することに成功したと発表した。
さらに、試験管内でAβのアミロイド線維を生成させる実験から、SVMPsはアミロイド線維を分解するわけではなく、単量体Aβを分解することでアミロイド線維の生成を抑制するとうい仕組みも明らかにしたことを併せて発表した。
同成果は、東北大大学院 農学研究科の二井勇人准教授、同・小川智久教授、東北大 学際科学フロンティア研究所佐藤伸一助教、東京大学大学院 薬学研究科の富田泰輔教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、有害な化学物質および材料に関する全般を扱う学術誌「Toxins」に掲載された。
プロアテーゼとはタンパク質分解酵素のことであり、その一種であるヒトのADAMsファミリータンパク質は、アミロイド前駆体タンパク質(APP)を分解して代謝する役割を担う。なお、ADAMsによる分解は、APPからAβ40、Aβ42などのAβができる反応とは競合しており、アミロイドを生成しない「非アミロイド生成経路」だという。そのため、アルツハイマー病治療薬となる可能性があることから、ADAMsによる分解を促進する化合物の研究が進められてきたとする。
そうした中で研究室が着目したのが、ADAMsと共通の祖先から進化したと考えられるSVMPsだ。ハブ毒中には11種類存在し、出血毒性を引き起こす成分も含まれている。そこで今回の研究では、粗毒から生成されたSVMPsを解析し、Aβの生成に与える影響を解析することにしたという。
SVMPsの持つ亜鉛イオン(Zn2+)を利用した金属アフィニティー法を用いて、粗毒からSVMPsが精製された。液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)により、ハブのゲノムに存在する11種類のSVMPsのうち9種類のSVMPの同定に成功したとする。このSVMPsの混合物を、Aβを分泌する細胞の培養液に添加したところ、培地中のAβの量が、無添加に対して約10%にまで大幅に減少することが確かめられた。一方、APPの分解断片(APPC83もしくはAPPC99)の量は変わらなかったとした。
さらに、試験管内でSVMPsと合成Aβペプチドの混合が行われた。すると、SVMPsはAβ40、Aβ42を直接切断することが判明。LC-MS/MSを用いて切断される部位の特定が行われ、ADAMsがAPPを切断する「α切断部位」と同一であることが確認され、Aβの分解で無毒なp3が生成されていることが明らかとなった。
次に、試験管内でのアッセイが進められた。Aβペプチドが凝集してアミロイド構造を取ったAβ線維を、蛍光プローブ「チオフラビンT」(ThT)を用いて検出し、SVMPsがAβ線維を切断できるかどうかの解析が行われた。SVMPsはThT陽性のAβ線維を分解していないが、Aβ線維を生成させる反応中に添加することで、Aβ線維の量を大幅に低下させることがわかったという。SVMPsは単量体Aβを分解する一方、Aβ線維は分解しないことがわかったのである。
ヒトの内在性のAβ分解プロテアーゼは多く見つかっているが、今回の研究では別の生物から別種のプロテアーゼが発見されたことに新規性があるとする。ヘビ毒の成分は、長い進化の歴史においてアミノ酸配列が変化してきた。ヒトのプロテアーゼは内在性のプロテアーゼ阻害剤で抑制されることが多いが、外来のSVMPsはその阻害を受けずに作用すると考えられ、効率的にAβを除去できる可能性があるという。
今後は、今回の研究で可能性が示された9種類のSVMPsについて、Aβ分解活性とヒトへの毒性を詳しく解析し、さらにはマウスなど、生体を用いた実験で効果を証明する必要があるとした。毒素から生理活性ペプチドを発見して新しい治療法の開発に役立てる研究として、Aβ分解プロテアーゼ、SVMPsを用いた新たな治療法の開発が期待されるとしている。