近畿大学(近大)は9月1日、トウガラシのうちで、ハバネロなどの非常に辛いことで知られる「chinense種」の成分分析、分子生物学および生化学的解析を行い、その果実のフルーティーでエキゾチックな香りに関与する遺伝子を特定したことを発表した。
同成果は、近大大学院 農学研究科の小枝壮太准教授、同・野田朋那大学院生(研究当時)、同・蓮真海大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、植物細胞学・植物遺伝学・分子生物学に関する全般を扱う学術誌「Plant Cell Reports」に掲載された。
トウガラシ属には5つの種類があり、日本を含めて世界で最も広く栽培・利用されているのが、タカノツメなどが含まれる「annuum種」だ。一方で、その激しい辛さで知られるハバネロを筆頭に、スコッチボネット、ブート・ジョロキアなどが属するのがchinense種である。同種は、annuum種と比較して果実が非常に辛いことが大きな特徴で、トウガラシの辛さを表すスコヴィル値で見ると、タカノツメが4万~5万を示すのに対し、ハバネロは20万、ブート・ジョロキアに至っては100万にまで上る(現在では、スコヴィル値が248万という品種「ドラゴンズ・ブレス」や318万の「ペッパーX」などもある)。
そして、chinense種の辛さと並ぶもう1つの特徴が、フルーティーでエキゾチックな香りだ。その香りに大きく寄与すると推定されているのが、揮発性の「エステル類」である。同化合物は、各種アルコールと「アシルCoA」(脂肪酸と補酵素A(CoA)が結合した化合物の総称)が縮合されることで生合成される。
研究チームによると、トマトやモモなどを用いた研究から、エステル類の生合成には「アルコールアシルトランスフェラーゼ」(AAT)、分解には「カルボキシルエステラーゼ」(CXE)という酵素がそれぞれ関与しており、生合成と分解のバランスによって、揮発量が決まることが先行研究で明らかにされているという。しかしトウガラシでは、果実におけるエステル類の生合成メカニズムが十分に解明されていなかったという。
またエステル類の前駆体であるアシルCoAは、トウガラシ特有の辛味成分である「カプサイシノイド」の前駆体でもある。つまり、積極的にカプサイシノイドを作るトウガラシ品種は、エステル類の生合成も活発に行っている可能性があることになる。そこで研究チームは今回、その仮説を検証すると同時に、果実におけるエステル類の揮発量に大きく影響する遺伝子の特定を目指したとする。
今回の研究では、annuum種およびchinense種の多数の辛味品種が用いられることとなった。さらに、chinense種ではカプサイシノイド生合成に関わる3種類の酵素、「アシルトランスフェラーゼ」(Pun1)、「アミノトランスフェラーゼ(pAMT)、「ケトアシル-ACPレダクターゼ」(CaKR1)の遺伝子のいずれかが変異することで、果実に辛味がなくなった非辛味品種を用いたとのこと。なおこれらの非辛味品種は、研究チームが長年かけて準備してきた独自性の高い研究材料だという。
研究ではまず、果実が揮発している香り成分の分析が行われた。すると、annuum種と比べ、chinense種の辛味品種の果実は、多量のエステル類を揮発していることが明らかとなった。さらに、酵素pAMTが変異した非辛味品種では、辛味品種と同等のエステル類が揮発していた一方で、酵素のPun1やCaKR1が変異した非辛味品種では、エステル類の揮発量が非常に少なかったという。このことから、前駆体を共有するカプサイシノイド生合成経路とエステル生合成経路が、互いに大きく影響し合っていることが確かめられたとする。
続いて、annuum種およびchinense種でエステル類の生合成が大きく異なる要因に迫るため、エステル類の揮発量に大きく影響すると考えられるAAT(生合成に関与する)と、CXE(分解に関与する)に着目し、トウガラシ果実で発現している遺伝子の網羅的な探索を行ったとのこと。そして、AAT1、AAT2、CXE1の単離に成功したとしている。
また、果実におけるエステルの揮発量との相関関係の分析では、果実におけるAAT1の発現量の違いで、エステル類の揮発量の大小を説明できることがわかったという。さらに、AAT1のタンパク質を大腸菌で人工的に合成し、前駆体であるアルコールとアシルCoAを与えたところ、エステル類が生合成されることが確かめられたとしており、以上のことから、AAT1が果実におけるエステル類の生合成において、重要な役割を果たしていることが確かめられたとする。
研究チームは、今回確認された遺伝子に着目することで、今後、トウガラシ果実の香りを対象とした品種改良が進むことが期待されるとしている。