岸田政権が東京電力福島第一原発の処理水放出を決定したことで、中国は日本産海産物を全面的に輸入停止にするという措置を講じた。処理水放出について、米国や欧州、韓国やオーストラリアなど多くの国々はそれを容認する立場で、それに反対しているのは中国やロシアなど一部の国に過ぎない。しかし、それでも中国が日本企業に大きな影響が出る規制を開始したことで、日中間では軋轢が広がっている。

これまでのところ、多くのメディアや専門家は今回の輸入全面停止について、不動産不況や経済格差、失業率悪化などで中国国民の溜まりに溜まっている不満をガス抜きし、批判の矛先を日本に向けたい狙いがあるとしている。確かに、海への処理水放出により、中国政府は国民の安全や命を守るため日本産海産物の輸入を完全にストップしたという事実は、かなりの支持を受けることだろう。実際、日本の関係諸機関には処理水放出に反対する中国国民から次々と無言や脅迫じみた電話がかけられ、中国国内にある日本大使館や日本人学校などには石や卵が投げ込まれる事態となった。中国の習政権にとって、処理水放出は国民の反政府感情を少しでも和らげる機会となったことは間違いない。

だが、狙いはそれだけではないだろう。最近は貿易面で、中国の日本への不満はこれまでになく高まっている。昨年秋、バイデン政権が先端半導体分野で対中輸出規制の強化を始めて以降、米国は先端半導体の製造装置開発で世界をリードするオランダや日本に対して同調するよう事実上の圧力を掛けた。そして、両国ともそれに同意し、日本は7月下旬から先端半導体23品目で中国への輸出規制に乗り出した。オランダも秋までには同様の規制を開始するとみられる。

実は、中国にとって半導体分野はアキレス腱で、欧米や日本、台湾に比べて先端を走っておらず、軍のハイテク化には欠かせない先端半導体がどうしてもほしい状況なのだ。それにも関わらず、習政権の先端半導体獲得を何としても阻止しなければならないと警戒する米国が、その可能性をゼロにしようとすることに中国は不満を募らせている。

そして、日本がその米国とタッグを組み、日本も中国のアキレス腱を蹴ってくることに、習政権の対日不満は沸点に達しようとしていたのだ。8月から、中国は半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を開始したが、それによる影響は今日限定的であるものの、これも日本への政治的けん制であることは間違いない。今回の日本産海産物の輸入全面停止停止も、その続編と捉えるべきだろう。中国としては、日本が中国のアキレス腱を蹴ってきたのだから、我々も日本のアキレス腱を蹴ってもいいだろうという解釈なのだ。他にもアキレス腱の蹴り方はいろいろあるが、今回は日本産海産物がその対象となった。ホタテ貝をメインに取り扱うとある水産企業では、ホタテ貝の輸出の7割以上が中国だとされるが、今回の停止措置による代償は大きい。水産物が中国に輸出できなくなったことは、日本の水産業全体にとって大きなパンチになったことは間違いない。

今後も日本が先端半導体分野で米国と同調姿勢を継続すれば、中国からまた日本のアキレス腱を蹴る何かしらの貿易規制が発動されることが容易に想像される。