名古屋大学(名大)、理化学研究所(理研)、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、岡山大学の4者は8月29日、植物成長促進ホルモンの1つである「サイトカイニン」の新たな活性化経路を細胞外に発見したことを共同で発表した。
同成果は、名大大学院 生命農学研究科の榊原均教授、同・小嶋美紀子大学院生(社会人コース)、名大 生物機能開発利用研究センターの保浦徳昇特任准教授、理研 環境資源科学研究センターの岩瀬哲上級研究員、農研機構の矢野昌裕シニアエグゼクティブリサーチャー、岡山大 資源植物科学研究所の山本敏央教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
植物ホルモンは発芽から成長、開花、結実に至るまで、植物の一生のさまざまな過程において、その調節のために働く重要な情報分子だ。人類は育種技術により、イネに関しても数多くの品種を創り出してきたが、それらの中には植物ホルモンの作用が関与しているものも少なくないという。たとえば、2005年にはイネの籾数を増加させる遺伝子座の「Gn1a」が発見され、その実体はサイトカイニンの分解酵素遺伝子への突然変異であることが明らかにされている。そこで、農業形質に関わる遺伝子を探索する新たなアプローチとして、イネ体内の植物ホルモン濃度に影響を与える量的遺伝子座(QTL)を見つけ出しその原因を解明した上で農業的な有用性を検証する研究を行うことにしたとする。
まず、「ササニシキ」と「ハバタキ」という性質の異なる品種を交配させて作成された、染色体断片置換系統群(CSSLs)の幼苗を用いて、主要な植物ホルモンの内生量の網羅的解析が行われた。すると、サイトカイニンのリボシド派生体の濃度に強い影響を与えるQTLが第5染色体上に検出されたという。
そこで、このQTLの原因遺伝子の絞り込みが行われた。その結果、その原因遺伝子は酵素をコードしており、その構造はプリン代謝に関わる「リボシダーゼ」に類似していることが判明したとする。
次に、同遺伝子にコードされるタンパク質を大腸菌を利用して大量調製し、その酵素的性質が調べられた。すると、サイトカイニンのリボシド前駆体からリボースを外し、活性型に変換する活性を持つことが解明され、同遺伝子は「CPN1」と命名された。
サイトカイニンの生合成経路については、榊原教授らの研究チームが15年ほど前に、酵素「LOG」が活性化反応を担っていることを解明済みだった。しかしCPN1は、それとは異なる中間代謝化合物を基質にして、活性型分子を作り出す酵素であることが確認された。実は40年以上前に、この酵素の存在を示唆する論文が1報だけ報告されたものの、その実体は解明されないままだったが今回、その酵素遺伝子が遂に同定されたのである。
またCPN1は、細胞内ではなくアポプラスト、具体的には細胞壁空間に存在することがわかった。これまで、サイトカイニンなどの植物ホルモンの生合成経路は、すべて細胞内にあると考えられてきたため、この発見は研究チームでも意外だったという。そこで細胞外に存在する意味を調べるため、CPN1遺伝子にトランスポゾンが挿入されて機能が破壊されたイネを準備。その切取り葉の切り口から、サイトカイニンのリボシド前駆体を与えた時のサイトカイニン応答性遺伝子の発現誘導への影響が解析された。
すると、変異株ではリボシド前駆体を与えた時の遺伝子発現応答が正常株に比べ減弱していることがわかったとする。同様の減弱効果は、イネ苗の根に窒素栄養を投与した時に起こる、葉でのサイトカイニン応答性遺伝子の発現でも見られたという。
サイトカイニンは、窒素栄養の供給に応答して生合成が促進されるホルモンであり、活性の強い「トランスゼアチン」は主に根で合成され、リボシド前駆体の形態で道管を通じて地上部に輸送され作用することから、この結果は根から運ばれたリボシド前駆体の活性型への変換反応が弱まったために起こったことだと解釈できるとした。
続いて、同遺伝子の有用性を検証するために上述のトランスポゾン挿入変異株を用いて形質調査が行われた。その結果、変異体では草丈が短くなり、穂の発達も十分に起こらないことが確かめられた。
今回の研究成果は、植物ホルモンの生合成経路の概念を細胞内から細胞外にまで拡張する学術的意義を持つという。また、サイトカイニンは、根から吸収し同化した窒素栄養を成長促進に結びつける重要な役割を持っている。CPN1は、根から道管を介して輸送されてきたサイトカイニン前駆体の活性化に関わり、イネの穂形成などに影響を与えることから、将来的にはこの遺伝子の機能を調節することにより、窒素栄養を植物成長や籾数などの農業形質にうまく結びつける育種への応用が期待できるとした。