東北大学は8月29日、スーパーコンピュータを使った第一原理計算により、2次元構造を持たないために大気中で酸化分解しやすい不安定なケイ素(Si)版グラフェン「シリセン」に対し、アルカリ土類金属のベリリウム(B)を結合させることで、2次元化したケイ素系ディラック物質「BeSi2」の理論設計に成功したことを発表した。
同成果は、東北大大学院 理学研究科 物理学専攻の高橋まさえ特任研究員によるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
英国の理論物理学者ポール・ディラックが1920年代に提案した、光速に近い速度で運動する電子の相対論的な運動を記述する「ディラック方程式」に従う電子のことを「ディラック電子」という。同電子は、物質が特別な結晶構造などを有することで、見かけ上の質量(有効質量)がゼロという特徴を持ち、そのような電子を持つ物質がディラック物質と総称される。
同物質では、運動量に対してエネルギーをプロットした電子バンド構造に、2つの「ディラック錐」と呼ばれる円錐が「ディラック点」と呼ばれる1点で連結した特徴的な形状を持つ。この電子構造のためにディラック物質中の電子は、巨大な加速器で加速することなく光速に近い速度で運動しているのである。
ケイ素は周期律表で14族元素であることから、真上に位置する炭素と類似の性質を持つことが以前より予想されてきた。しかし、二重結合、三重結合、芳香族環のような不飽和化合物については、炭素とは異なる構造と性質を示すことから2次元構造を持ち安定したグラフェンとは異なり、シリセンは凹凸構造が生じるために大気中で酸化分解する不安定さがあった。安定な平面構造の二次元ケイ素材料を求めて、これまで理論と実験の両面から研究が進められてきたが成功には至っていなかった。
そうした中で、状況を大きく変えたのが、2021年にレーザーで加熱し高圧下で作製されたディラック物質「ベリリウムテトラニトリド」(BeN4)だ。結晶の繰り返しの単位(単位胞)の中の電子数が同じ物質は同様の電子的性質を示す。つまり、ケイ素は窒素(N)の2倍の電子数を持つことから、BeSi2ならBeN4と同じ電子数になるのである。そこで高橋特任研究員は今回、第一原理計算により、安定な平面構造のケイ素系ディラック物質であるBeSi2の理論設計を試みることにしたという。
そして理論設計に成功し、今回設計されたBeSi2は、ひし形の単位胞にベリリウムテトラニトリドと同じ電子数(32個/単位胞)を持ち、グラフェンのハニカム構造に似た六角形の構造を形成していることが明らかにされた。得られた平面構造の二次元結晶は、いかなる運動量でもポテンシャルエネルギー曲面の安定点にあり安定に存在できるという。弾性率テンソルはBorn-Huangの基準を満たし、機械的作用による衝撃に対しても安定とした。また電子バンド構造は、等方性であるグラフェンなどほかの多くの二次元物質とは異なり、異方性ディラック物質であることが示されたとする。
さらに構造を詳しく調べると、BeSi2はケイ素一次元鎖がベリリウムで架橋された形をしており、鎖方向と鎖に垂直な方向での違いが異方性を生み出していることが判明。ケイ素鎖方向の電子のフェルミ速度は鎖に垂直な方向の速度より速く、一方、同軸方向の弾性ひずみと応力の比例定数であるヤング率からは、ケイ素鎖方向が鎖に垂直な方向よりも柔らかいことがわかった。このケイ素一次元鎖は、炭素の単結合と二重結合が交互に重合した一次元ポリマーの「ポリアセチレン」のケイ素類縁体「ポリシリン」だが、ケイ素結合長に長短がなく電気伝導を担う電子は、一次元鎖全体にわたって非局在化していることも確認された。
今回の研究では、大気中で取り扱いが可能な、保護膜の必要がない自立型単原子層平面ケイ素系ディラック物質について、第一原理計算による理論的な設計提案が行われた。その異方性を利用することで、異方性超高速電子デバイスとしての利用が期待されるという。バルク半導体は超小型化するとバルクの性質が失われるが、ケイ素系ディラック物質は単原子厚まで究極に小型化されている。今後、蓄積されたシリコンテクノロジーの技術を投入することで、省スペース、省電力の異方性超高速電子デバイスが実現する可能性が高まったとした。