慶應義塾大学(慶大)は8月28日、ランダムに積み重ねられた円筒シェルの機械的性能に焦点を当て、これらのシェルが圧縮される際に機械エネルギーを吸収・蓄積できることを、物理実験とコンピューターシミュレーションを組み合わせて明らかにしたことを発表した。
同成果は、慶大 理工学部 機械工学科の佐野友彦専任講師、同・川田智之氏(研究当時)、仏・国立情報学自動制御研究所の国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般とその関連分野を含めたオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」に掲載された。
変形予測に基づいて設計されたエネルギー吸収や力の制御を目的とした柱や梁、アーチといった細長い構造物は、衝撃や振動に強いことが知られている。細長い構造物は、圧縮されると曲がりねじれることでエネルギーを吸収でき、このような不安性を介した大変形は機械的なエネルギー変換器と見なすことができるという。
近年は技術が進化したことで、調整可能な機械的性能を持つ材料や構造が研究されており、こうした人工的な力学特性を示す材料は「メカニカルメタマテリアル」と呼ばれる。通常、同材料は構成要素や組み合わせの精密なデザインが必要とされているため、構成要素のランダム性や不完全さが機械的性能に与える影響はあまり研究されてこなかったとする。そこで研究チームは今回、同じ形の円筒シェルをランダムに積み重ね、圧縮と除荷試験を行うことにしたという。
試験の結果、外部の荷重がない状態でもシェルの間に空間が存在し、摩擦と材料の弾性に起因する多孔質な構造を作り出すことが判明したほか、圧縮するとシェルが大きく曲がり荷重が増加。さらに圧縮を続けると、シェル同士がはまりあう現象の「スナップフィット」が局所的に立て続けに発生することがわかった。スナップフィットを伴った荷重の低下が繰り返されつつも、全体としては圧縮力が増加していく振る舞いが観測されたとする。
また、多数積み重ねたシェルの振る舞いの素過程を理解するため、同じ形の円筒シェル2つを圧縮しシェルの角度と摩擦係数によって発生するスナップフィット現象の調査を行うことにしたという。スナップフィットには「タイプI」と「タイプII」の2つのモードがあり、それぞれ円滑にスナップするか反り返りながら急にスナップするかが異なる。そして、シェルの角度と摩擦係数によってタイプIとタイプIIの遷移が起こることを発見したとする。
今回の研究成果は、シェル間の摩擦だけでなくシェルの幾何学的な非線形性が積み重ねられたシェルの機械的性能に重要な役割を果たすことを示唆しているとした。
多数のシェルに対して力学試験を繰り返すと、タイプIのモードの場合は初回の圧縮でスナップフィットが多く発生するため、低荷重のまま構造を大きく圧縮することが可能だという。また、2回目以降の圧縮ではスナップフィットが少なくなるのは、初回の圧縮で多くのスナップフィットが起こり2回目以降はスナップフィットがほとんど残っていないためとする。
その一方で、タイプIIのモードの場合スナップフィットはほとんど起こらず、弾性変形と摩擦によるシェル同士の滑りが支配的となるという。その結果、圧縮の作動距離範囲が短くなることが明らかにされた。なお、タイプIでもIIでも共通する特徴的なエネルギー吸収率が見られたとする。
今回の研究により、しなやかな構造の再配置がメカニカルメタマテリアルの設計原理の1つとなりうえう可能性を示しており、これらアイデアが食品包装からボウル状の分子の変形までさまざまな長さスケールの工業問題に適用できることが期待されるとしている。