理化学研究所(理研)は8月25日、植物細胞の小胞体が気温上昇などのストレスに応答し、その機能を維持するために働く重要な因子のメカニズムを明らかにしたことを発表した。
同成果は、理研 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チームの中村友輝チームリーダー(東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、植物生物学全般とその関連分野も扱う学術誌「Journal of Experimental Botany」に掲載された。
小胞体は、細菌やラン藻などの原核生物を除いた動植物の細胞中に存在する小器官の1つで、脂質やタンパク質を合成する重要な機能を有する。脂質は、細胞内のエネルギー源として生物の生育に必要なだけでなく、産業においてもさまざまな場面で利用される重要な化合物だ。実際、大気中のCO2を光合成により植物に取り込ませて有用な脂質に変換する代謝改変技術は、「バイオものづくり」の一環として、低炭素社会の実現に貢献すると期待されている。
近年の気温上昇や塩害などの環境問題は、細胞内で小胞体が正しく機能せず、折り畳みが不完全なタンパク質が小胞体内に蓄積する「小胞体ストレス」と呼ばれる状態を引き起こすことがわかっている。こうした気候変動においても、植物が小胞体の働きを維持する仕組み(小胞体ストレス応答)を解明することは、環境変化に対して頑健なバイオものづくりを植物体内で持続的に行うために重要な課題だという。しかし、小胞体ストレス応答が起こる仕組みの詳細は、まだ多くの点が未解明のままとなっている。
このような背景から研究チームは今回、モデル植物の「シロイヌナズナ」に存在する「SVBタンパク質ファミリー」に着目し、構造の類似したSVBとSVBLという2種類のタンパク質が共同で小胞体ストレス応答に関わっているという仮説を立てたとする。
そこで、その仮説を確かめるための最初の実験として、薬剤「ツニカマイシン」を用いて、シロイヌナズナに小胞体ストレスを起こす処理が行われた。すると、わずか数時間のうちにSVBとSVBLの合成が誘導され、特にSVBは根で著しく合成されることが判明。これは、SVBが気温上昇や塩害といったストレスを土中から感知する際に重要な役割を果たしている可能性を示すとする。
また、SVBとSVBLの両方を破壊した二重変異株が作出され、野生株と共に小胞体ストレスを起こす処理を施したところ、二重変異株は野生株よりも小胞体ストレス耐性が弱くなることが確認されたという。
さらにこれらのタンパク質は、小胞体ストレス応答に重要な役割を果たす、転写制御に関わる因子の「NAC089」に応答して合成されることも解明された。つまりSVBとSVBLは、小胞体ストレス応答のシグナル伝達経路において重要な働きをすることが確認されたのである。
小胞体で主に合成される脂質は、植物の光合成でCO2から作られる糖分に由来する。そのため研究チームによると、今回の研究成果は、気候変動の中でも脂質を安定して植物体内に蓄積させる技術開発を通じて、低炭素社会の実現に向けて環境中のCO2を植物体内で有用な油に変換して活用するバイオものづくりに貢献することが期待できるとしている。