半導体市場の軟化が顕在化している2023年にあっても、2023会計年度第2四半期(2023年2月~4月)の決算が前年同期比で増収増益を達成するなど好調を維持するAnalog Devices(ADI)。日本法人アナログ・デバイセズにて陣頭に立ち、日本でも存在感を増し続ける同社をけん引するアナログ・デバイセズ代表取締役社長の中村勝史氏への取材を通して、その強さの一端を垣間見た。

  • アナログ・デバイセズ代表取締役社長の中村勝史氏

    アナログ・デバイセズ代表取締役社長の中村勝史氏

中村氏は元々、本社のADIにコンバータ事業部のエンジニアとして入社して以降、2019年にはIEEEのフェローにも任命されるなど、30年にわたって技術畑を歩んできており、例えば医療およびコンスーマビジネス本部の技術戦略を主導するなど技術的な面で重責を担ってきた。その当時を中村氏は「会社全体の技術の方向性を示して、いかにそれを現場に持ってくるか。そうした流れから、現場としての指揮、リーダーシップを発揮してみないかと言われた」と徐々に技術だけでなく、ビジネスの側面も見ることとなっていったと振り返る。

また、「ADIは技術に対するこだわりが強い会社で、製品開発だけでなく、現場の技術力にもこだわっている。そういった意味では、営業だからこういう人、技術だからこういう人というわけではなく、リーダーシップの基本は考え方で、技術もビジネスも両方分からないといけない」と自身の立場を見ており、技術を理解した上でビジネスを推進していくことが重要だとし、それが顧客が抱える課題を解決するためのサポートをどうやって実行していくかというADIの目指すところと重なるとする。さらに、「その課題感を理解しないと、単にスペックが書かれた製品を売っているだけになってしまい、それが結局どういった形で使われて課題を解決するのかが見えてこない。顧客の課題を理解することで、初めてイノベーションが生まれて、次のステップに進むことができる。こうした取り組みが、長年ADIがやってきた技術提供の姿」と語る。

技術力が要求される日本という市場

ADIにとって日本は欧米以外で初めて設立された拠点で、同社にとっても思い入れが強い地域だという。そんな日本について中村氏は「日本市場という単独の存在として見るのではなく、会社全体で見ている」と語る。「会社として一体化して、日本の顧客と共にどう成長していくか、課題をどう解決していくかがポイント。日本は技術力がないとやっていけない。技術力がないと顧客がついてこない。そうした取り組みをこの数年続けてきたことで、アナログ半導体市場をグローバルで見ればADIはシェア2位だが、日本だけを見れば1位というデータがある。日本の顧客は技術力を重視している。だからこそ、日本の顧客と一緒に技術力を磨いて提供していくことが重要になる」と日本の顧客の多くが技術志向の同社の方向性とマッチする存在であるともする。

さらに、「ADIの良く掲げる言葉に“Co-Creation”がある。顧客と一緒に創造していく。特にシステムになると統合して考えないといけない。そうなると多くのパートナーと一緒に手を取りあう必要がある。一緒にやることによって、コラボレーション、クリエーション、イノベーションが加速できるようになった。日本の市場がありがたいのは、技術に対する理解が早く、洗練されている地域である点。良い技術であっても、エンジニアが使いこなせなければ意味がない。技術を使いこなせる人材が日本には多くいる。そうした人たちを技術力でサポートしていくことで、どんどん顧客の技術力も向上していく。今後は、これまで日本の産業を支えてきた技術者が高齢化していく時代になる。そうした時代のサポートもADIとして考えていきたいと思っている」と、日本のものづくり産業の行く末にも考えを巡らせるほか、「今はリッチな技術分野で日本の市場は合っていると思っている。いい技術が評価され、そのサポートを進めていけばいくほど、ADIとしての評価も上がっていく。技術はイノベーションを起こすためにある。誰よりも先にやらないといけない。そのためには投資が必要で、人も育てないといけない。難しいことをやっている顧客をいかにサポートするかに対して投資をしていき、技術力を向上させ、サポートに結びつけるというモデルを考えている」と、ADIが技術で先行していくことこそが、顧客のやりたいことを実現することにつながると強調する。

しかし技術が複雑化すればするほど、それを使いこなすことが難しくなる。そこも中村氏はすでに解決策を見つけている。「仕組みをもっとソリューションにもっていかないといけない。ADIには7万5000品種があるので、それを使いこなすことは難しい。それをアプリケーション上でプラットフォーム化して、ソフトウェアで仕組みを構築していくことがポイントになる。すでにADIは投資を進めており、日本でもソフトウェアエンジニアを中心に採用を強化している」とする。SDR(Software Defined Radio)をはじめとして、すでにソフトウェアを活用することで、マイクロ波の専門家でなくても無線システムを構築することができるようになっているのは良い例だろう。

デジタルツイン時代のカギを握るアナログ半導体

ADIの7万5000品種という製品ラインナップのほとんどがアナログ半導体であり、それだけ用途が多岐にわたることを意味する。おそらく、その数は今後、さらに増えることになるだろう。半導体はPCやスマートフォン(スマホ)といった特定のアプリケーションが市場のけん引役になっていたが、今後、現実と仮想空間を結ぶデジタルツインが広がっていくと、機械と機械のつながりが人と人のつながりの上にやってくることになり、そこで膨大なデータが生み出されるが、現実の世界はアナログの世界であり、それを仮想のデジタルの世界に届けるためにはアナログ半導体が必要となるためである。中村氏も「これから一気にアナログが増えていく。いかにアナログでデータを生み出して、アナログに戻すかが重要になる」と、自社の存在感が増していくことに期待を寄せる。

では、そうしたアナログ半導体の重要性が増していく中、日本のどういった産業を狙っていくのか。中村氏は「医療も含めた産業分野、電動化で搭載量が増えている車載関係、そのほかコミュニケーションとコンシューマが重要」だと語る。「特に、今後のインフラのデジタル化により、遠隔医療の進歩が期待できるようになる。例えば医療費は日本ではGDPの10%、米国では20%と言われているが、人々の暮らしを考えると、劇的に良くなっているかというとそこまでではない。課題は、診断にたどり着くまでのさまざまな意味での距離が遠いこと。もし、診断が早期にできれば、病気の進行を防げたりすることもできるようになる。そのためのポイントは病院の外での診断や治療をどうやって進歩させていくか。臨床レベルの測定を院外の場所で実現していくかがカギを握ることになる。日本は社会の高齢化においては先進国であり、他国に先んじてそうした取り組みができる土壌がある。高齢化は遅かれ早かれ世界的な問題になってくる。それを解決できるソリューションを日本から打ち出していける可能性がでてきた。高齢化を中心に、マクロな環境の流れが日本を後追いする形になってきている。そうした意味では、日本を軸に解決策の提案を図っていきたい」と、日本がアナログ半導体の活用の中心地になる可能性を語る。

また、「現在の日本の市場環境を考えると、ADIにとって、時代的に見ても環境的に見ても一番期待されているリージョンと言える」と社内での立ち位置を分析する。そこでさらに成長を果たすためには「人材が重要だし、パートナーも重要で、そういうところを変革していく必要がある。すべてがソフトウェアに置き換わるわけではないが、ADIも全社をあげて変革を志向しており、そのための投資を継続している。ただ、気を付けないといけないのは、すべてがデジタル化されるというストーリーを掲げる人もいるが、ADIとしてはあくまでデジタルとアナログのハイブリッドで、人がやるところは人がやって、機械に任せられる箇所は機械に任せるという視点を持っている。それは、センシング1つとっても機械が必要とするセンシングと、人が必要とするセンシングの中身が異なるため」だという視点から、さまざまなシーンごとに求められるデータをいかにアナログから生み出すかを考えることが重要になるとしており、「アナログで始まり、アナログで終わる」という考えを広く訴求し、アナログ半導体の必要性をさらに日本で広めていくことで、事業の拡大を目指したいとした。

  • アナログ・デバイセズ代表取締役社長の中村勝史氏

    アナログ・デバイセズ代表取締役社長の中村勝史氏

センサが現実世界を測定した結果を、人に役立つ知見へと活用するためには、アナログのデータをデジタルのデータに変える必要がある。スーパーコンピュータの演算性能が1ExaFlopsを超えても、AIの処理能力が向上しても、データがそこに入っていかなければ、何も生み出すことはできない。しかも今後のデジタルツインの時代に重要なのはリアルタイムで現実の状況を把握して、デジタル化することであり、工場のライン制御でも、自動車のセーフティでも、それは変わらない。そんなアナログの重要性が増していくこれからこそが、同社が真価を発揮する時代と言えるだろう。