千葉大学は8月9日、住友ファーマと共同で視線トレーニング装置「アイ・コミュニケーション・トレーナー」(ECOM)を開発し、「社交不安症」(SAD)に対する臨床研究を行った結果、練習の前後で、人前での不安(社交不安)を軽減する効果があることを確認したと発表した。
同成果は、千葉大 子どものこころの発達教育研究センターの清水栄司センター長/教授、同・大学 フロンティア医工学センターの中口俊哉教授、住友ファーマらの共同研究チームによるもの。詳細は、メンタルヘルスに関する全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Journal of Affective Disorders Reports」に掲載された。
SADは、ほかの人からの注目を浴びる発表やグループ活動への参加などの社交場面に対する著しい恐怖や不安が日々続くため、日常生活に支障を来してしまう精神疾患で、対人恐怖症ともいうことができ思春期に発症することが多い。しかし病気だと気づかれないまま何年も医療機関などに相談せずに苦しんでいる人も多く、SADのために教室に行くのが怖くて不登校になったり、引きこもりになったりする場合もあるとする。
日本のガイドラインにおけるSADの治療としては、考え方や行動を変えることで問題を解決する精神療法である「認知行動療法」と、「選択セロトニン再取込阻害薬」による薬物療法が挙げられている。なお認知行動療法とは、感情の問題を引き起こしている「認知(考え)」と「行動」の悪循環を、良循環にもっていくようにバランスを取る心理療法のことである。
清水教授らの研究チームは2016年に、抗うつ薬で改善しないSAD患者に対し、認知行動療法が有効であることを臨床試験により解明。そして、その認知行動療法の治療者用マニュアルを公表してきたとする。しかし、認知行動療法を提供できる医療者が不足していたり、薬物療法には副作用があったりするため、新しい安全な治療法の開発が求められていた。
SADの認知行動療法は薬物療法より有効性が高いという報告もあることから、研究チームは、認知行動療法の考え方を参考にした、新しい治療装置の開発に取り組むことにしたとする。そして、SAD患者が対人場面でアイコンタクトを避ける問題に着目し、視線トレーニング・ソフトウェアのECOMと、メガネ型視線計測装置を組み合わせた視線トレーニング装置を新規に開発。2020年から臨床研究を開始した。
今回の研究では、同意を得たSAD患者23名(平均年齢29.8歳、男性9名、女性14名)に対し、視線トレーニングが週1回20分、合計8回行われた。SAD患者はメガネ型の装置を着用し、モニター画面の指示に従って映し出される人や動物を見てもらい、アイコンタクトが成立した場合など視線が適切だった際に「OK」「Good」「Nice」「Great」「Excellent」のような異なるポジティブな音声フィードバックを受けるという内容である。
そして、視線トレーニング実施前、実施中、実施後、トレーニングの終了からの4週後に面接やアンケートが行われ、社交不安の症状などの評価がなされた。社交不安の症状は、24項目の社交場面に恐怖・不安と回避について0~3点で評価し、144点満点で、点数が高いほど社交不安が強いと評価する尺度の「リーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS)」を使用して測定された。
その結果、トレーニング前に比べてSAD症状が統計的に有意に減少していることが確認されたという。試験の条件が異なるためさらなる研究が必要だが、従来報告された認知行動療法の効果量や薬物療法の効果量と同じレベルの効果量が示されたとした。また、軽症のドライアイ以外の有害事象は報告されず、安全に実施することができたとする。このことは、ECOMによる視線トレーニングが、SADの新しい治療法となることを示唆しているとした。
今後は、さらに多くのSAD患者の協力を得て、大規模な対照群を置いたランダム化比較試験を行うことで、ECOMによる視線トレーニングをSADの新しい治療法として確立していくことが期待されるとしている。