大阪大学(阪大)と科学技術振興機構(JST)の両者は8月8日、光を用いて組み合わせ最適化問題を解く「空間光イジングマシン」の適用範囲を飛躍的に拡大する、新しい計算モデルを提案したことを共同で発表した。
同成果は、阪大大学院 情報科学研究科の鈴木秀幸教授、同・谷田純教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。
イジングモデルは、変数として±1の2値を取るスピンが相互作用する数理モデルの1つだ。そしてイジング問題とは、イジングモデルのエネルギーを最小化する問題のことを指し、「巡回セールスマン問題」で知られる組み合わせ最適化問題の一種でもある。多くの重要な組み合わせ最適化問題は、イジング問題として表現できることが知られており、この問いを高速に解くための専用ハードウェアが、イジングマシンである。現在、さまざまな原理に基づいたイジングマシンの研究開発が行われており、量子コンピュータの一種である量子アニーリングマシンのように、一部には商用化されているものもある。
2019年に提案された空間光イジングマシンは、空間光変調を用いて組み合わせ最適化問題を解くイジングマシンの一種だ。光の空間並列性を活用することにより、計算の1反復にかかる時間が原理的には変数の数によらず一定となり、1万変数以上の大規模なイジング問題であっても高速・高効率に扱えることから、優れたスケーラビリティを持つとして期待されている。また、光を用いるための結線が不要であり、全結合の問題が容易に扱えることも優れた特徴とされる。
しかし、これまでは扱えるイジング問題に厳しい制約があり、実問題への応用において大きな課題が残されていたという。そこで研究チームは今回、空間光イジングマシンのハードウェア実装を変えることなく、任意のイジング問題を扱うことができる新しい計算モデルの開発に着手したとする。
その結果、今回提案された計算モデルを用いることで、光の特性により大規模で全結合のイジング問題を効率的に扱えるだけでなく、特に「低ランク性」を持つイジング問題に対して高効率であるという独自の特徴を持つことが明らかにされた。なお今回の研究では、イジング問題における変数間の相互作用を表す行列が低ランクであること(小さい行列の積として表現できること)を、イジング問題の低ランク性と表現しているという。
さらに研究では、これまでの空間光イジングマシンが扱えなかった「整数重みナップサック問題」を低ランクのイジング問題として定式化し、最適化計算が可能であることが実証された。また今回の計算モデルにより、統計的学習を行うための具体的な学習則が導出され、手書き数字画像データの低ランク学習が行えることも示されたとのこと。これらの研究成果は、大規模・全結合・低ランクの性質を持つ、組み合わせ最適化と統計的学習の実問題に対し、特に優れた性能を持つ空間光イジングマシンの実応用への道筋を示すものとしている。
研究チームによると、この計算モデルの活用により空間光イジングマシンの実応用が進展すれば、大規模な組み合わせ最適化と統計的学習の実問題に対する計算の高速化や消費電力の低減が期待されるという。また、複雑化・大規模化する社会課題への応用が進展すれば、社会システムのさらなるスマート化、たとえばエネルギー利用の効率化やCO2排出量の低減によるカーボンニュートラル実現への貢献なども期待されるとしている。