新潟大学(新大)は8月8日、ヒマラヤ山脈の高地で、約6億年前の古海洋起源の炭酸塩鉱物に閉じ込められた海水を発見したことを発表した。

同成果は、新大 自然科学系(理学部)のM. Satish-Kumar教授、同・大学 自然科学研究科のSasidharan Kiran大学院生、インド理科大学院大学(インド理科大)のKrishnan Sajeev教授(新大リエゾンプロフェッサー兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、地球と太陽系の地球型惑星に関する全般を扱う学術誌「Precambrian Research」に掲載された。

地球の生命は誕生してからおよそ40億年の歴史を持つと考えられているが、そのうちの35億年は微生物が主役だったとされている。その生態系が作り出す微生物マットは、炭酸塩と砕屑物の互層からなる「ストロマトライト」を痕跡として残す。海洋で生成される炭酸塩岩は、地球表層のプレート移動によってあるものはマントルへと消えていくが、また別のものは陸へと運搬され大陸や山脈に保存される。つまり、地球環境変動や地球上の生命進化を理解するために必要な地球化学的情報が、これら炭酸塩岩やストロマトライトに記録されていることになる。

地球上で最高峰のヒマラヤ山脈は、ユーラシア大陸とインド大陸の衝突により形成され、現在も北上を続ける後者によって年にわずかずつだが標高が高くなり続けている。また、衝突前の大陸の間には、テチス海と呼ばれる海が存在し、この海で起こった地球や生命の歴史が今ではヒマラヤ山脈に残されているという。

そうした中で特に近年になって注目されているのが、約6億年前の全球凍結に伴う地球環境の大規模変動や、その直後のカンブリア紀に起こった生物の多様化現象「カンブリア大爆発」だ。そこで研究チームは、ヒマラヤ山脈に産する炭酸塩岩やストロマトライトに着目し、約6億年前の海洋環境解明の手がかりとなる研究を始めることにしたという。

今回の研究ではインド理科大の研究チームが、ヒマラヤ山脈のクマオン地域での地質調査を担当した。採取された試料の詳細な電子顕微鏡観察、鉱物の化学分析、鉱物内に閉じ込められた流体包有物の加熱冷却分析、スペクトル解析がインド理科大で行われ、炭酸塩鉱物の炭素酸素同位体比分析および微量元素分析が新大で行われたとする。

  • ヒマラヤ山脈のクマオン地域の地質図と海水から沈殿した炭酸塩岩の地層の分布

    ヒマラヤ山脈のクマオン地域の地質図と海水から沈殿した炭酸塩岩の地層の分布(出所:新大プレスリリースPDF)

  • マグネサイト(Mgs)の結晶に含まれる流体包有物(P,PS)の顕微鏡画像

    (B・C)マグネサイト(Mgs)の結晶に含まれる流体包有物(P,PS)の顕微鏡画像。(D・E)マグネサイトに含まれるストロマトライト(Strの形態)(出所:新大プレスリリースPDF)

その結果、約6億年前の海水から炭酸塩鉱物の一種である「マグネサイト(MgCO3 )単結晶」が直接沈殿していたことが判明したという。同単結晶内の詳細な観察が行われたところ、気泡に液体が残存していたとする。これら流体包有物に対し、赤外分光分析、ラマン分光分析、加熱冷却分析が行われ、塩分濃度が海水に相当していることが判明した。

一般的に、海水から方解石(CaCO3)が沈殿するが、マグネサイトが沈殿するこの環境は非常に特殊であり、海水中のカルシウムが不足したことを示唆しているという。つまり、陸から海へのカルシウムや栄養塩の供給が減少したことを示しており、これは約6億年前に起きた全球凍結により陸や河川が凍結し、海水へのカルシウム供給が妨げられた証拠になるとした。

しかし、マグネサイトを含む炭酸塩岩の地層には、大量に有機物の痕跡がストロマトライトとして残っているのも間違いようのない事実だった。栄養塩不足の環境下でシアノバクテリアの活発な活動が認められたということであり、その後の同バクテリアによる大気中の酸素の大幅な増加、そしてカンブリア大爆発につながった可能性が示されているとした。

カンブリア紀の生命の大爆発の原因解明は、生命の進化を研究する上で、最も注目されている課題の1つだという。約6億年前の地層から発見された海水の痕跡から、最先端の分析技術を駆使し栄養塩不足の環境下でどのように生命が進化し続けたかを今後解き明かされることが期待されるとした。