国立天文台(NAOJ)と情報通信研究機構(NICT)の両者は8月8日、これまで共同で行ってきたミリ波/テラヘルツ帯における高精度な材料特性計測系の研究開発の一環として今回、絶縁体の電気的特性の「誘電率」を測定するため「自由空間法」で従来よりも100倍正確に測定できる解析手法を考案し、実証したことを共同で発表した。
同成果は、NAOJ 先端技術センター(ATC)の坂井了技術員、同・鵜澤佳徳教授、NICT Beyond5G研究開発推進ユニット テラヘルツ研究センター・テラヘルツ連携研究室の関根徳彦室長らの共同研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行するテラヘルツ波に関する全般を扱う学術誌「IEEE Transactions on Terahertz Science and Technology」に掲載された。
今回の研究で対象とされたのは、電気を通さない絶縁体に電圧をかけた時に、内部の電子がどのように反応するかを示す値の「誘電率」。同値は、絶縁体の中を電波が伝わっていく時の振る舞いを理解するためにも重要な値だ。
電波望遠鏡では、宇宙から届いた電波がアンテナから受信機に導かれる途中で、レンズを通過することがある。天文学者たちが求める性能通りに電波望遠鏡を開発するためには、レンズの誘電率を正確に測定することが必要であるほか、通信分野では通信機器に使われる回路基板、アンテナの材料、電波が通過する建物に使われる建材などの誘電率を正確に測定することが求められている。
これまで、誘電率の測定にはさまざまな方法が開発されてきており、そうした中に正確な測定を行える手法の1つとして「共振器法」がある。ただし、同手法で測定するには調べたい材料を共振器と呼ばれる装置内に入れる必要があることから、材料を同装置内に収まるサイズ(時に厚さ数百マイクロメートル以下)に精密加工しなければならなかった。また、いくつかの特定の周波数における誘電率しか測定できないという大きな課題も存在しているほか、装置の開発段階ではさまざまな材料の誘電率を測る必要があるため、測定の度に高精度加工が必要であり開発に時間がかかってしまうことも問題だった。
それに対し、これらの課題が少ないのが「自由空間法」だ。しかし、同手法は測定結果の解析に近似が用いられているため、それに起因する誤差によって正確な測定が困難であるという難点があった。そこで研究チームは今回、自由空間法を用いながらも電磁波伝搬の計算手法を工夫することによって、近似ではなく厳密に誘電率を導き出す解析アルゴリズムを開発することにしたという。
解析手法の妥当性の検証が行われたところ、従来手法に比べ近似に起因する誤差を100分の1に低減し、誘電率を正確に計測できることが実証されたとした。また、アルマ望遠鏡のために開発されている受信機のレンズ材料候補を実測したところ、ほかの測定手法と一致する結果が得られ、実際のデバイス開発における有用性が示されたという。これにより、ミリ波帯/テラヘルツ帯における材料の誘電率を、広い周波数帯域にわたって連続的かつ正確に計測する技術が確立できたことになるとした。
また、近似に起因する誤差を100分の1に低減できたことは、開発のスピードアップにもつながるとする。個々の材料の誘電率の測定が不正確だと実際に作製した製品が目標とする性能を満たさない場合があるが、設計の段階から正確な誘電率を把握できていれば不要な試行錯誤を減らすことができ、開発コスト削減も可能になるとした。
研究チームのNAOJの坂井技術員は今回の成果に対し、「自由空間法は他の測定手法と比較して測定試料の形状に対する制約が小さく、測定周波数帯を拡張することも容易です。今回開発した技術は、電波望遠鏡の部品設計に限らず、ミリ波/テラヘルツ帯を利用する次世代通信網(Beyond 5G/6G)の実現に向けた高周波材料やデバイス開発への貢献が期待されます」とコメントしている。