アフリカ東部に生息するハダカデバネズミの体内では、加齢に伴い蓄積する老化細胞が細胞死を起こしてたまりにくくなっていることを、熊本大学大学院生命科学研究部の三浦恭子教授(長寿動物医科学)らのグループが発見した。寿命が3年ほどのハツカネズミ(マウス)より10倍ほど長寿とされるハダカデバネズミの細胞・個体の仕組みを解明。ヒトでのより安全な老化細胞除去・抗老化技術の開発につながる成果が期待できるという。
マウスやヒトなどの細胞では、一般的に遺伝情報であるDNAが傷つくなどすると、その細胞は分裂して増殖するのをやめて老化細胞となる。老化細胞は「死ねない細胞」などと呼ばれており、免疫細胞によって除去されないでいると加齢に伴い蓄積していく。生体の恒常性維持に役立つものの、蓄積が進むにつれ、炎症性タンパク質の生産など体に害になる作用を引き起こすようにもなる。
ハダカデバネズミは、アフリカのサバンナの地下に掘ったトンネルを巣穴として生息する齧歯(げっし)類。飼育下で37年以上も生きている個体がいるなど長寿命だ。老化が極端に遅く、がんにもなりにくい。三浦教授らは、このハダカデバネズミとマウスの老化細胞を比較することで、老化耐性の仕組みが分かると考えて実験を行った。
実験ではまず、ハダカデバネズミとマウスの皮膚から線維芽細胞を取り出し、DNA損傷を起こす薬品(DXR)を添加し、いつどのように老化細胞ができるかを観察した。両者とも薬品を加えないと細胞が増殖していたが、薬品を加えると増殖が止まった老化細胞ができた。その後、マウスでは老化細胞となった多くはそのままあったが、ハダカデバネズミではアポトーシス(細胞死)を起こすものが時間の経過に伴い増えていった。
次に、ハダカデバネズミとマウスの線維芽細胞が老化細胞になる前後で生じた代謝生成物に何が含まれているかを調べた。老化細胞になる前の線維芽細胞の時点では、ハダカデバネズミにおいて生理活性物質のセロトニンの蓄積があり、老化細胞になった後については、セロトニン代謝に関わるモノアミン酸化酵素(MAO)のタンパク質量の増加と、セロトニンがMAOを介した代謝によって生じる5-ヒドロキシインドール酢酸が増えていた。この代謝では過酸化水素も生じる。一方、マウスではこのような蓄積や増加は見られなかった。
ハダカデバネズミの細胞は過酸化水素に対して弱い。セロトニン代謝によってできる過酸化水素が老化細胞の細胞死を引き起こすことが考えられたため、MAO阻害剤を添加すると細胞死が抑制された。これらから、セロトニンがMAOを介して代謝されるときに細胞内に生じる過酸化水素によって細胞死が引き起こされる仕組みが判明した。
個体レベルでも同様の仕組みが働くか、DNA傷害剤のブレオマイシンをマウスとハダカデバネズミの肺に投与して調べた。マウスにおいて老化細胞の蓄積が見られた投与後21日目で、両者の肺を薄くスライスした切片にして観察すると、ハダカデバネズミでは細胞死が起きていた。MAO阻害剤を投与すると細胞死が少なくなり、細胞レベルと同様の仕組みが確認できた。
ハダカデバネズミでは、細胞が老化するとセロトニン代謝調節によって過酸化水素が細胞内で生じることで、細胞死が引き起こされて老化細胞がたまりにくくなっているという仕組みが分かった。
今後、老化耐性をもつハダカデバネズミが、どのような老化細胞をいつ、どのように除去しているのかを詳細に調べることで、近年開発が進められている老化細胞除去薬において、ヒトではどのような老化細胞をいつ、どのように除去するべきかなど、より安全性を高めることにつながる知見が得られると期待できるという。
研究は慶応大学などと共同で、科学技術振興機構(JST) の創発的研究支援事業および戦略的創造研究推進事業などの支援を受けて行い、欧州分子生物学機構(EMBO)の科学誌に7月11日付けで掲載された。
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