波長の違う紫外線をスイッチにして強い接着と容易な剥離を両立し、リサイクルが可能となる接着剤を物質・材料研究機構(NIMS)が開発した。プラスチックなど接着しにくい素材に対応するうえ、水中を含めた湿潤な環境でも使える。遠隔医療やインフラ補修など幅広い分野への適用が期待されており、2年後の実用化をめざしている。

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    今回開発した接着剤(ガラス内の茶色の液体、内藤昌信NIMS分野長提供

NIMS高分子・バイオ材料研究センターの内藤昌信分野長は以前、ムラサキイガイやフジツボなどが海岸の岩礁や船底などに付着する仕組みに着目し、付着を防ぐコーティング剤などを研究していた。所属がNIMSに移ってからは、主に異材接着の研究をすすめた。

今回の研究では、コーヒーをはじめ植物全般に存在する「カフェ酸」に注目。このカフェ酸は波長365ナノ(10億分の1)メートルの紫外線をあてると分子が橋渡しをしたようにつながる架橋反応を起こし、波長254ナノメートルの紫外線をあてると脱架橋反応でもとに戻る性質がある。カフェ酸の化学構造にムラサキイガイが分泌する接着成分に多く含まれるカテコール基があることに触発され、架橋反応によって接着強度が高まり、脱架橋反応によって接着強度がなくなる接着剤を開発することにした。

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    開発した接着剤の化学構造と架橋反応・脱架橋反応の模式図。元の直鎖状高分子(左)が架橋反応によって高分子同士が橋渡ししたようになり接着強度を高める(内藤昌信NIMS分野長提供)

カフェ酸を組み込み開発した接着剤は、まず基材に塗り、波長365ナノメートルの紫外線をあてると表面に塗膜ができて保存が可能になる。それを80度程度に加熱しながら基材同士を合わせると主にカテコール基部分が働いて接着する。接着したものは、無理やりはがしてまた加熱して着ける操作を30回繰り返しても接着の性能は変わらなかった。

 接着をやめるときは、まず接着剤に波長254ナノメートルの紫外線をあて、カフェ酸の脱架橋反応で高分子が元の直鎖状に戻り、基材から離れやすくする。基材の表面についた接着剤を溶剤で洗い流すことで基材、接着剤ともに回収し、再利用できる

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    接着時にリユースができ、役目が終わったら接着強度をリセットして回収と再利用ができる接着剤の概念図(内藤昌信NIMS分野長提供)

今回開発した接着剤は基材の制約を受けないのが特徴。ポリエチレンやポリプロピレン、木、カーボン、銅、鉄、アルミニウムで接着強度を調べると、商用に耐えうる強度で、生物模倣科学によってこれまでに報告されている接着剤よりもより高い強度だった。

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    開発した接着剤(Poly1f)とすでに報告されている生物模倣科学でつくられた接着剤との接着力比較。左の青棒がPE(ポリエチレン)、右の赤棒がAl(アルミニウム)での接着力を示している(掲載論文より抜粋、内藤昌信NIMS分野長提供)

また、海水がかかる岩礁や水中構造物にムラサキイガイが張り付く際に分泌するタンパク質の繊維に多く含まれるカテコール基を用いる接着剤のため、湿潤下や水中でも接着が可能となった。手術時に湿潤な体内で用いる医療用接着剤としての利用や、遠隔技術を通じた洋上構造物の補修工事などに寄与することが見込まれる。

電子機器など加工品を成形する過程において、最近は経済的な効率の良さのみならず、環境への配慮も求められる。複雑な工程を経ずに紫外線の照射でリサイクルが進む点で、今後ニーズが高まる接着剤となる。「接着と剥離という矛盾する要素を光で制御することでマテリアル循環できる可能性がある」と内藤分野長は話している。

研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の一環で行い、6月13日付けのドイツ科学誌「アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ」電子版に掲載された。

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