宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月31日、イプシロンSロケット第2段モーター「E-21」の地上燃焼試験中に起きた爆発事故について、調査状況を文部科学省の有識者会合にて報告した。原因はまだ特定されていないものの、想定外の高熱によりモーターケースの強度が低下し、破壊に至った可能性が高いことが分かったという。
イプシロンSは、JAXAが開発中の新型固体ロケットである。強化型イプシロンの後継機として開発されているもので、2024年度後半に初打ち上げを実施する予定だった。すでに、第1段と第3段の燃焼試験は完了しており、7月14日に行ったこの第2段の燃焼試験が、開発における最後の大きな山場になるはずだった。
第2段モーターの地上燃焼試験は、JAXAの能代ロケット実験場(秋田県能代市)にて実施。120秒間の燃焼を予定していたが、点火後約57秒で爆発が発生した。第2段モーターは完全に破壊され、モーターケースの破片は四散。ノズルは見つかっておらず、海中に沈んでいるものと見られる。試験を行った真空燃焼試験棟にも大きな被害が出た。
固体ロケットの構造は非常にシンプルだ。最外層は、耐圧容器となるモーターケース。E-21の場合はCFRP製で、これがロケットの構造も兼ねている。その内部に、固体の推進剤を充填。中心には空洞があけられており、この内孔から外側に燃焼が進み、燃焼ガスをノズルから噴射することで、推力を発生している。
モーターケースはその圧力に耐える必要があるが、高熱になると強度が維持できなくなるため、推進剤との間には、断熱のためのインシュレーションが挟まれている。E-21の場合、インシュレーションはゴム製。燃焼ガスで徐々に削られるものの、最後まで機能を保つよう、厚さが設計されているという。
JAXAには固体ロケットの長い経験があるが、これまで、地上の燃焼試験で爆発したことは一度も無かったという。構造がシンプルだから簡単、というわけでは決して無いものの、イプシロンSの第2段は、強化型イプシロンの改良型だった。それだけに、爆発という最悪な形の失敗は、衝撃が大きかった。
爆発の原因として、最初に疑われるのは燃焼圧力であるが、これが直接的な原因とは考えにくい。点火後20秒あたりから、燃焼圧力は予想より高くなり始め、爆発の時点で約7.5MPaだったものの、これは、最大使用圧力(8.0MPa)や耐圧試験圧力(10.0MPa)以下であり、十分余裕を持って耐えられるはずだった。
今回の報告では、燃焼中の圧力と推力のデータが公開された。56.970秒あたりから圧力は低下し、逆に推力は上昇。高速度カメラの映像で燃焼異常が確認できる56.973秒あたりからの激しい振動などはデータとしてあまり信憑性は無いと見られるが、圧力の低下は燃焼ガスがどこかから漏れ出して発生した可能性がある。
E-21は、強化型イプシロンの「M-35」をベースに大型化したもの。燃焼圧力も大きくなっているものの、H-IIAロケットで長年使用している固体ロケットブースタ「SRB-A」よりは低く、JAXAの井元隆行プロジェクトマネージャも「大きな飛躍がある技術ではない」と首をひねる。
JAXAは原因を調査するため、FTA(故障の木解析)を実施。現時点で、「モーターケースの破壊」と「ノズルの破壊・脱落」の2つが要因として考えられているが、画像データから異常発生時にノズル出口側は形状を保っており、後者の可能性は低い(FTAでは△-の評価)。より疑わしいのは前者だ(FTAでは△の評価)。
では一体、燃焼試験中のモーターケースに何が起きたのか。手がかりとなるのは、計測していた約170点のデータだ。今回の報告では数値は公開されなかったものの、モーターケースの温度を外側から計測しており、若干の温度上昇があったという。
JAXAが現在、最も可能性の高いシナリオとして考えているのは、何らかの理由でモーターケースに想定外の大きな熱負荷がかかり、構造の強度を維持できる許容温度を超過。これにより圧力に耐えられなくなり、破壊に至った、というものだ。
固体ロケットで発生する異常の原因として、代表的なものとしては、推進剤中のクラック(亀裂)や気泡、インシュレーションの剥離などがある。
液体ロケットはバルブを絞って推力を細かく調整することができるが、固体ロケットはそうはいかない。ただ、推進剤の内孔形状を工夫するなどして、各ロケットごとに最適な推力パターンになるよう設計することは可能だ。しかし推進剤中にクラックや気泡があると、そこで燃焼面積が拡大し、圧力や温度が高い異常燃焼になってしまう。
またインシュレーションは、内側の推進剤とも、外側のモーターケースとも、それぞれ隙間無く密着させる必要がある。もし剥離しているところがあれば、そこから燃焼ガスが流出。断熱性能が失われ、モーターケースの破壊に繋がる。
まだ設計不良、製造不良、組立不良とも可能性を確認中で、特定には今後の分析結果を待つ必要があるが、もしクラックや気泡があったとすれば、点火後20秒あたりからの圧力上昇も説明が付く。推進剤注入後の検査方法は適切だったのか、といった点なども気になるところだ。
打ち上げ時期については、従来は「2024年度」という表現だったが、今回初めて「2024年度後半」とされた。ただ、これについては今回の事故前に決まったことということで、事故の影響は考慮されていない。今のところ変更はされていないものの、今後の原因調査、対策、再試験の進捗によっては、見直される可能性もあるだろう。
気がかりなのは、試験を行った真空燃焼試験棟が大破したことだ。改修レベルですむ被害ではなく、完全に撤去した上での再建が必要とのことで、費用も時間もかかる。ただ、再試験をどこで実施するかについてはまだ検討が始まったばかりとのことだが、隣にある大型大気燃焼試験棟や、種子島のテストスタンドを使うことも考えているそうだ。