東京大学(東大)は7月25日、実使用環境で高精度な面直熱流の計測が可能な薄膜型フレキシブル熱流センサを開発したことを発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻の肥後友也特任准教授、同・中辻知教授、日東電工 研究開発本部 基幹技術研究センターの田中宏和研究員、同・中西陽介主任研究員/研究チーム長、同・待永広宣副センター長らの研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。
温度センサが主体だった従来の熱マネジメントを一新する技術として、「異常ネルンスト効果」を用いて熱流を電気に変えることで熱の移動量(熱流)を測定する、熱流センサが注目を集めている。同効果は磁気的な性質を用いて熱を電気に変換する熱電効果で、熱流(温度差)と平行方向に起電力が生じる「ゼーベック効果」とは異なり、熱流と垂直方向に発電。この機構ではセンサ作製時に量産に適した薄膜関連技術が適用でき、安価かつ大量に大面積・フレキシブルな熱流センサの作製が可能という利点があるという。
面直熱流に加えて面内にも熱流が流れているような実環境における測定では、熱流の面内成分にもセンサが応答してしまうと計測精度が悪化してしまうため、熱流の面直成分のみを選択的に計測できるセンサが必要だ。しかしこれまでのところ、熱流の面内成分の影響を受けない薄膜型熱流センサは実現しておらず、社会実装に向け高精度に面直熱流を検出可能なセンサの開発が求められていたという。
異常ネルンスト効果を用いた薄膜型熱流センサは、同効果を示す磁性金属と電極材料で構成される「サーモパイル構造」を持つとされ、検討の結果、面内熱流に由来する信号は磁性金属と電極材料が持つゼーベック係数の差に比例しておりこの差を0とすることで打ち消し可能であることが明らかになったとする。
そこで研究チームは今回、磁性金属細線の直列接続に使われている電極のゼーベック係数に着目。磁性金属と同様のゼーベック係数を持つ電極を実装することで、温度ムラにより現れるゼーベック効果を排除し、面直方向の熱流を高感度に測定できる熱流センサの開発を試みることにしたという。
研究チームはこれまで、巨大な異常ネルンスト効果を示す磁性金属の開発を進めてきており今回の研究では、その過程で見出された量産プロセスに適した材料をセンサに用いることにしたとする。具体的には、室温付近での成膜でも2μV/Kの巨大な異常ネルンスト効果を示す鉄(Fe)とガリウム(Ga)からなる強磁性体金属「Fe79Ga21」、それと等しいゼーベック係数を持つニッケル(Ni)と銅(Cu)からなる電極「Ni-Cu合金」である。
面直・面内方向の熱流を発生させるヒーターを使った実環境に近い状態でセンサ特性が測定され、Cuを電極に用いたゼーベック効果が打ち消されていないセンサと比較が行われた。その結果、今回開発されたセンサではオフセット信号が出力信号に対して十分小さく抑えられており、出力信号を読み取ることで面直熱流を直接計測可能な磁気熱流センサが作製できたことが確認されたという。一方の比較用のセンサでは、温度ムラによるオフセット信号が面直熱流由来の出力信号に対して大きく、面直熱流の直接測定が困難だったとした。
開発されたセンサは、Roll-to-Rollスパッタ法で磁性金属と電極をPET基板上に形成して作成された。低コスト化・フレキシブル化・大面積化・量産化など、異常ネルンスト効果を用いたデバイス開発上の利点とされる特性が、フルに発揮された実使用可能な熱流センサが実現できることが示されたとするほか、フレキシブル性については、センサの屈曲下での熱流計測でセンサ感度が変化しないことが実験的に確認され、曲げながら使用も可能であることも確かめられた。
今回実証された成果は、磁性金属のゼーベック係数と等しくなるように調整された材料を電極に使用するだけで再現可能であるため、特定の磁性体のみへの応用だけではなく現在もトポロジカル磁性体を中心に開発が進む新規磁気熱電材料にも適用可能だという。また、薄膜型熱流センサの用途としては、熱の流れの可視化に留まらず、人体の深部温度測定やバッテリーの異常発熱検知、自動化が進む工作機器の故障予知など多岐への展開が考えられるとした。
今回の研究成果の汎用性の高さを活かすことができれば、用途ごとの測定環境における耐久性などの要求を満たした実践的な磁気熱流センサが開発できるとするほか、磁気熱流センサが実用化された暁には、高効率な熱マネジメントに向けた熱計測技術の構築に貢献することが期待されるとしている。