高校物理の知識では、斜面に違う重さの箱を置いても摩擦係数が一定のため、皆同じ加速度で滑る。立教大学理学部の村田次郎教授は「重い人(大人)ほど滑り台を速く滑っていた」という経験則との矛盾を感じ、学生の卒業論文題材に採用。研究の結果、ローラー式滑り台では重い箱ほど速く、ある時点ではそれぞれ加速がなくなり、一定速度(終端速度)で滑ることが分かった。探究的学習により、法則から外れる現象を発見できた事例と捉えている。
高校物理の教科書では、空気抵抗のない月面で羽とハンマーが、ピサの斜塔からは重い鉛玉と軽い鉛玉が同時に落ちる例とともに自由落下が紹介される。自由落下は、運動方程式F=ma(Fは力、mは質量、aは加速度。地球上ではaは重力のgとなる)に従っていると書かれている。自由落下と同じように教科書では箱が斜面を滑り落ちる現象が紹介され、質量に比例する摩擦力が登場する。教科書では、その摩擦力には止まっている時と動いている時それぞれに摩擦係数μが与えられるが、μは定数であることから、試験問題などで示される条件では、計算上、自由落下のように重い箱も軽い箱も斜面を同じ加速度で滑り落ちることになる。
しかし、立大で素粒子や原子核、重力の物理学を専門とする村田教授は、2022年にカーリングの石の曲がり方を研究したときに、物体が動いているときの摩擦係数が実際の世界では定数ではないことを発見。自身の経験などから不思議に思っていた「大人が子どもと滑り台を滑ると(重たい)大人の方が速い」という謎も摩擦係数が関わっているのではないかと考え、大学生の卒論として実験することにした。
実験では、公園の柵にスマホをくくりつけてローラー式滑り台とカメラの位置を固定。段ボール箱に水入りペットボトルを入れ、滑り台を滑らせる様子を撮影した。ペットボトルの本数を変えることで1.0キロと2.2キロ、4.2キロ、6.2キロにしたそれぞれの箱について、撮影した動画の各コマを取り出して箱の位置を測定、その差分から速度や加速度を計算した。
それぞれの箱は、F=maに従えばずっと加速し続けるはずが、実際には一定速度に達するとそれ以上は加速しない終端速度になった。終端速度は毎秒で1キロの箱が0.5メートル、2.2キロが0.8メートル、4.2キロが1.2メートル、6.2キロが1.4メートルで、重いほど速かった。
村田教授は「教科書で一定値をとると学習する動摩擦係数だが、実際は速度依存性と質量依存性があると解釈できる」としており、「教科書では進行方向と逆に矢印1本で摩擦力が示されるが、実際にはローラーごとの軸の回転運動やたわみ、振動、ベアリングの回転運動と潤滑油の流れなど様々なエネルギー散逸の経路があることが関わっているのだろう」と話す。
終端速度などはローラー式滑り台だけでなく、他の種類の滑り台でも確認できるのかを調べるため、卒論では金属板式でも同様の実験を行った。ただ、結果にばらつきがあるうえに、箱の重さと速度に相関がなく、厳密に実験をやり直す必要がありそうだという。
「大人ほど滑り台を速く滑っていた」という疑問について、村田教授がインターネットで検索すると、空気抵抗を理由にした説明なども多く見られたという。研究では実験によって空気抵抗は大きくなく影響はないことも明らかにした。
卒論を通じた今回の研究成果は、高校物理の教科書にある知識が生活経験と矛盾することから生じた疑問をきっかけとした、滑り台の摩擦に関する大学生の探究学習の実践例だとして、日本物理教育学会誌「物理教育」に6月6日付けで掲載された。
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