生理学研究所(生理研)、生命創成探究センター(ExCELLS)、佐賀大学、慶應義塾大学(慶大)、東京工科大学(工科大)の5者は7月21日、皮膚の表皮細胞にある「TRPV3(トリップヴイスリー)」が温かい温度を感知して温度依存性行動につなげていることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、生理研の富永真琴教授(ExCELLS兼任)、同・LEI Jing NIPSリサーチフェロー、佐賀大の城戸瑞穂教授、慶大 医学部皮膚科学教室の天谷雅行教授、工科大の松井毅教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
ヒトが「熱い」「冷たい」などの温度を感じる上で重要な働きをしているのは、感覚神経に存在する温度感受性「TRPチャネル」と呼ばれる一群のイオンチャネルである。43度以上で活性化する「TRPV1」や29度以下で活性化する「TRPM8」などの活動が脳に伝えられると、「熱い」「冷たい」といった温度感覚が生まれる。
しかし、32~39度ほどの温かい温度で活性化する「TRPV3」は感覚神経にはほとんど存在しておらず、多くは皮膚の表皮組織に存在しているという。感覚神経だけでなく皮膚の表皮細胞も温度を感知しているという概念は以前から提唱されていたが、さまざまな見解があり表皮組織のTRPV3の反応が脳まで伝わり温度感覚を生むのかについては結論が出ていなかったとする。そこで研究チームは今回、TRPV3の働きを詳細に調べるためTRPV3と同じく表皮細胞に存在し、機能があまりわかっていないタンパク質である「TMEM79」に着目することにしたという。
まず、TRPV3とTMEM79を培養細胞に共発現させ、TRPV3を活性化させた際の電流を計測。その結果、TRPV3のみが存在している場合に比べて、TMEM79とTRPV3が共に存在するとTRPV3の電流が小さくなることが判明し、TMEM79がTRPV3による電流に影響を与えていることがわかったという。
そこからTMEM79欠損マウスが作製され、TMEM79欠損マウスの温度嗜好性行動の観察を実行。ドーナツ型のThermal Gradient Ring装置が用いられ、室温25度の状態で床温度を10度から45度の間でなだらかに変化させたところ、野生型マウスは約30.4度を好んだとする。それに対しTMEM79欠損マウスは、より温かい温度(34.4度)にすばやく移動したという。TMEM79欠損により、表皮細胞のTRPV3電流の大きさが変わった結果、マウスの温度感覚に影響が出ていることが明らかにされたのである。
次に、TMEM79欠損マウスの尾の表皮細胞におけるTRPV3の電流の大きさが調べられたところ、野生マウスに比べて、TRPV3の電流が大きいことが確認された。通常の状態ではTMEM79によってTRPV3電流の大きさが抑えられているが、TMEM79を欠損させることでTRPV3電流が大きくなったことが考えられるとする。
これらの結果を受けて研究チームは最後に、TRPV3とTMEM79が共に表皮細胞に存在すると、なぜTRPV3の電流が小さくなるのかその理由を検証することにしたという。その結果、通常はTRPV3は細胞膜に発現するが、TMEM79と共発現させるとTRPV3は細胞膜から細胞内に移動することがわかったとし、細胞膜上のTRPV3量が減少したことでTRPV3の電流が小さくなったことが考えられるとした。また、細胞全体のTRPV3量も減少していることや、多くのTRPV3はタンパク質分解に関わるリソゾームに存在することから、TRPV3が分解されていることが示唆されたとする。さらに、細胞膜上にTRPV3とTMEM79が結合して存在することも突き止められた。
以上のことから研究チームは、皮膚の表皮細胞でTRPV3がTMEM79と結合して表皮のTRPV3量を制御することで、皮膚の温度感受性をコントロールしていると結論付けたという。冒頭で述べたように、皮膚の表皮細胞の情報が脳まで伝わり温度感覚を生むのかどうかについては、これまで議論の的となっていたが、明確に「表皮細胞が温度感覚に影響を与えている」ことが示され、これまでの論争に終止符が打たれた。また、TRPV3とTMEM79の機能を制御することで、ヒトの温度感覚をコントロールできるようになることが期待されるとした。