ESGへの要求と人手不足で重要性を増すエンジニア育成
「ESG」という言葉を聞く機会が、ここ最近増えているのではないだろうか。環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)の頭文字を取ったこの言葉は、企業が事業活動を行うために重視しなければいけない要素である。投資家などの間でもこの指標が持つ重要性は増しており、今や利益だけを追求する企業は事業を続けていけないようになっている。
ESG経営の重要な要素の1つとして、人的資本経営が挙げられる。従業員ひとりひとりにとって充分な労働環境を提供できているのか、といった点は、企業のサステナビリティという観点で重要であり、大企業においては2023年度から人的資本関連情報の開示が義務化されるなど、その社会的意義は高まっている。
また、製造業をはじめとする事業領域においては、人手不足の問題も深刻化している。高齢化が進む日本でものづくり人材が枯渇しているのは周知の事実だが、国内に限らずグローバル視点でも、製造業に携わる人材が足りていない。特に専門的なノウハウを有するエンジニアは絶対数が不足していることから、昨今はいわゆる“初心者”を戦力となるエンジニアへと教育していくため、リスキリングや教育・研修の体制を充実させる取り組みが拡大している。
世界各地に拠点を展開するオムロンも、同様の課題を抱えるものづくり企業の1つだ。また同社にとっては製造業の顧客が多く、その事業ジャンルも多岐にわたるとのこと。そのため、エンジニア教育に関する悩みや課題が社内外から噴出していたという。
そこでオムロンは、海外拠点を含む社内の研修プログラムや顧客に対する製品用教材などをもとに、教育コンテンツを体系化。業界を通じて適用可能なエンジニア教育プログラムとして、2023年度より「Industrial Automation Academy(IAアカデミー)」のサービス提供を開始した。同サービスの開発に携わった担当者たちに話を聞きながら、教育体制確立までの苦労に迫った。
エンジニア教育を体系化した「IAアカデミー」を提供開始
IAアカデミーは、ものづくり企業のエンジニア育成において、必要な情報・技術や目標とするレベルなどの“ありたい姿”に合わせて個社最適化した教育体制を提供するエンジニア教育実践プログラムだ。
IAアカデミーの導入にあたっては、顧客企業とオムロンとの間で育成課題や目指す成果を設定し、その目標に合わせた教育カリキュラムを設計。その後実施の形態(言語・時期など)を決定し、オムロンが実施するプログラムをエンジニアたちが受講する。また育成計画によってはスキル認定試験を実施するなど、習熟度を見える化する制度も用意されているとする。
オムロンが提供するこの教育プログラムには、3つの特徴的な強みがあるという。
Industrial Automation Academyの特徴・強み
- レベルに応じて体系化された10学科のカスタマイズ性
- 海外拠点を持つことによる「グローバルの現地力」
- 自社エンジニアが培ったノウハウを集約した教育体制
プログラムの体系化により教育プランのカスタマイズを可能に
IAアカデミーでは、業務領域や求められる技術に応じて「オートメーションエンジニア」や「ロボットエンジニア」など10種類の学科が設定されている。また各学科においても、IAの原理原則や機器の操作設定といった一般的な内容から、アプリの要素技術や保全知識などの専門性の高いものまで、幅広い範囲が体系化されている点が特徴だ。
サービスを利用する企業は、あらかじめ設定した育成モデルに合わせ、用意されたカリキュラムの中から必要に応じた学科・レベルのコンテンツを自在に選択できる。またそれぞれのコンテンツで実施形態(対面・リモートなど)や期間などを組み替えることができるなど、育成プラン設計におけるカスタマイズ性が高いこともメリットの1つとのことだ。
エンジニア教育の体系化には3年を費やした
オムロンの教育サービス開発の担当者によると、IAアカデミーのサービス化においては、この学科の体系化がもっとも大変な作業だったという。
というのもオムロンは元来、全社で統一したエンジニア育成カリキュラムを持っていたわけではなく、役割や拠点を置く国ごとに指導マニュアルをそれぞれ用意していた。しかしそれでは、教育レベルの評価を統一することができないうえ、ノウハウが属人化してしまい技術継承がより困難になる可能性も高まる。また、地域によっては国民性が異なるため、記載されている情報のレベルにもかなりのばらつきがあったという。
また、従来から対外向けのエンジニア向け教材は提供していたものの、それらはあくまで製品を購入した顧客向けのもので、機器の販売促進のためのサービスという意味が大きかったとする。そのため、さまざまな企業で共通して学べるエンジニア向け育成コンテンツの作成は、前例のない取り組みだったとのことだ。
エンジニア教育カリキュラムの体系化に向け、オムロンでは、約40カ国・150拠点で使用されている教育プログラムを集め、その整理に取り掛かった。延べ850コースほどが存在したというカリキュラムを比較しながら、まずは目次レベルで情報の粒度を調整。その後、内容についても比較を進め、画一的な評価基準でのレベル設定のもとで体系化していったといい、その作業には約3年を費やしたとしている。
その作業のなかでは、IT業界の人材育成プランなどを参考にしながら8つの学科を設定。さらにその後に環境への関心の高まりから「エネルギーマネジメントエンジニア」を追加するなど、計10種類の学科として統一カリキュラムを完成させた。そして同カリキュラムをさまざまな言語に翻訳することで、各国に展開していくという。