神経伝達物質の一つで、人間の生命維持に欠かせないアセチルコリンを必要な場所で活性化する手法を京都大学化学研究所の大宮寛久教授(有機合成化学)らのグループが開発した。アセチルコリンを「かご」に閉じ込め、必要な場所で光を当てて中身を取り出す「ケージド化」に成功。マウスで活性化に最適な臓器や器官を調べる実験に応用することで、将来の新薬開発などに役立つことが期待されるという。
アセチルコリンは呼吸、認知機能、心肺の動きを、神経系を介して司る伝達物質だ。神経伝達物質や外から投与された薬物・化学物質の効果や効能を調べるには、その物質の分布を可視化して、どこで活性化すれば最も効果があるかを知る必要がある。これまでアセチルコリンの分布状況を観察する方法はあったが、最適な場所で活性化できるようコントロールする方法はなかった。
今回、大宮教授はかごの中に生理活性化合物を入れて、その化合物が作用する場所で強い光を当ててかごから中の物質を取り出す「ケージド化」という方法を採り入れた。ケージド化の名前は鳥などを飼うための「かご(ケージ)」に由来しており、通常は不活性化しているが、光を当てるとかごの蓋が開いて中の化合物だけを取り出して活性化させることができる仕組み。これまでうまみ成分のグルタミン酸などはケージド化に成功していたが、アセチルコリンのように構造が簡単な化合物ほどかごとのつながりがなく、入れこむのが難しいという問題があった。
アセチルコリンは分子量が小さく構造が単純なため、カルボン酸やアミンといった「かご」を結合させるための官能基がない。大宮教授らのグループは、炭素とホウ素が結合した物質の共有結合を切ることができる技術を持っており、ホウ素とアセチルコリンをつなぎ合わせ、ホウ素の切り口をかごに連結させることでケージド化に成功した。ケージド化したアセチルコリンに405ナノメートル(ナノは10億分の1)のレーザーを当てたところ、アセチルコリンだけがかごから飛び出し、活性化する様子が見て取れた。この反応は不可逆的で、一度活性化したアセチルコリンを元に戻すことはできない。
さらに、ケージド化が生物においてもうまく機能するかどうかを調べた。ショウジョウバエの脳にケージド化したアセチルコリンを振りかけ、レーザー光による強い光を当てたところ、アセチルコリンが活性化していることを観察できた。
近年、一部の神経難病やアルツハイマー病のような進行性の疾患ではアセチルコリンが減少することが示唆されている。ケージド化を応用し、動物実験でアセチルコリンをどの臓器や部位で活性化させると薬効が最大になるのかを確かめられれば、難治性疾患の治療薬開発につながる可能性も期待される。
大宮教授らのグループは、今回の基礎研究の成果を生かして、アセチルコリン以外にもどのような薬剤や物質をケージド化すればいいのかというニーズを探っているところだという。「これまで生き物の体内でどのような動きをしているのかが分からなかった物質の振る舞いを観察できる画期的な仕組み。様々な薬剤開発のマウスなどを用いた生物実験で役立てたい」とした。
研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「さきがけ」などの助成を受けて行われ、5月4日の米化学会「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ」電子版に掲載され、京都大などが5月8日に発表した。
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