アクセンチュアは7月19日、3月末に発表した今後数年間で企業が押さえるべきテクノロジートレンドの最新調査レポート 「Technology Vision 2023」 に関する記者会見を日本で開催。同レポートの要点についての説明などを行った。

近年の急速なデジタル技術の発達は社会の有り様を一変させ、テクノロジーのトレンドも変化させている。そうした中、同レポートでは、今後10年間の世の中を形成する主要なテクノロジートレンドは「クラウド」「メタバース」「AI」の3つであるとしており、そうしたトレンドこそがデジタル空間と現実空間の垣根を取り払っていくものであるとし、それを「When Atoms Meet Bits: The Foundations of Our New Reality(アトムとビットが出会う時 - 新たな現実世界の礎を築く)」というタイトルに込めたとする。

現実とデジタルがなめらかに融合する時代へ

デジタルツインはアトム(現実)とデジタル(ビット)の行き来を可能とする概念だが、今後、それらは滑らかに融合していく時代へと突入すると同レポートでは指摘しており、その架け橋となる端的な例がAppleの空間コンピュータ「Vision Pro」に代表されるようなxRの技術革新だとする。

  • 現実とデジタルが滑らかに融合した世界
  • 現実とデジタルが滑らかに融合した世界
  • 現実とデジタルが滑らかに融合した世界では、デジタルが現実世界のさまざまなシーンに干渉できるようになる (提供:アクセンチュア、以下すべて同様)

現実世界をデジタルにすべて複製することが可能となった世界では、デジタルから現実世界へ自由に移動することが可能となる。そうした世界では、あらゆる製品が何らかの形でデジタルツインと関わることになるほか、従来の局所的なデジタルツインから拡張されることとなり、画一的な顧客体験から、リアルタイムで変化するデータを元にした個々に応じた一人十色の顧客体験を提供できるようになる。しかし、こうした変革を多くの企業の経営幹部が認識し、「新たなテクノロジーの導入は、自社がグローバルな環境の変化に対応し続けるために必要」と理解を示す一方、実際にそうしたテクノロジーを活用して全社的な変革を達成できた企業はごく一部に限られる状況にあると同レポートでは指摘している。

市場環境が変化する中、同レポートでは、現実とデジタルが融合した新たな「共有現実(Shared Reality)」を創り出す上で重要となるテクノロジートレンドとして以下の4つを掲げている。

  • デジタルアイデンティティ(Digital identity)
  • 私たちのデータ(Your data, my data, our data)
  • 一般化するAI(Generating AI)
  • フロンティアの果てへ(Our forever frontier)
  • alt属性はこちら

    現実世界とデジタルが滑らかに融合する世界を支える4つのテクノロジートレンド

最大のトレンドとしてはデジタルアイデンティティ(デジタルID)の有り方。これまではそれぞれの企業や行政ごとに別々のIDが1人に対して割り当てられていた。しかし、現実とデジタルがシームレスに融合する社会においては、企業や組織単位ではなく、ユーザー起点で生まれながらにして持つ「ID」に対して、企業や行政がどう活用していくか、という流れとなり、規格の統一とポータビリティの担保が重要になってくると指摘する。

  • サービス主導のID生成から、ユーザー起点のID生成へ

    サービス主導のID生成から、ユーザー起点のID生成へと変化していくことが想定される

ポイントは、どうすれば国民1人1人が自分自身のためにIDを活用できるようになるかという点で、例えばインドでは国家主導で、生活や仕事に必要な金融サービスを14億以上とされる国民全員に提供できるか、という観点から「India Stack」と呼ばれる個々人に生体情報まで含めたデジタルIDを発行するサービス「Aadhaar」の提供開始を手始めに、多種多様なサービスとイニシアチブの提供が進められるようになっており、インドのスタートアップなどはAPI経由で自社のサービスとこのデジタルIDを連携させることなどが可能となり、今ではほとんどの国民にIDが発行済みとなっているという。

  • 「India Stack」の概要
  • 「India Stack」の概要
  • 「India Stack」の概要
  • インドにて政府主導で進められている「India Stack」の概要

ただし、こうしたユーザー起点のIDの課題は、誰がその安全性や運用に関する担保をするのか、という点となる。「インドでは強い政府の主導があって、Aadhaarのようなビジョンを掲げて、それに周辺が共鳴する形で広がっていった。日本では文化・社会的な事情もあり簡単には実現できないかもしれないが、似たようなことをできない理由はないと思う。ただし、1人のリーダーの元でそれを実現するのか、それとも小さいリーダーが多数出てきてそれを実現するのかは分からない」と、解説を行ったアクセンチュア テクノロジー コンサルティング本部 インテリジェント ソフトウェアエンジニアリングサービスグループ 共同日本統括 兼 クラウドインフラストラクチャーエンジニアリング日本統括 マネジング・ディレクターの山根圭輔氏も一筋縄ではいかないことを指摘するほか、「すべての国が同じことをやれるのか、といったら難しい面がある。国で閉じて良いのかという話もある。一方で分散型IDという存在もあり、もう1つのオルタナティブな存在になっていくことも考えられる」と技術的に進化の余地のある領域であることも指摘する。

また、そうしたIDが生み出すデータをどう活用していくか、という“私たちのデータ”の観点においては「透明性」がキーワードになると指摘。透明性を担保するのはAPIによるデータ公開戦略であり、データを透明な状態に置くことが、価値創出の源泉になるとする。

  • データ共有が透明な状態

    データ共有が不透明な状態とデータ共有が透明な状態の比較

先述のインドの取り組みでは、「同意管理基盤(Account Aggregator)」として、既存取引先とのデータを担保としてAPI連携で金融機関に与信として個人情報を含まない形で提供する仕組みなどが整備されているとするほか、アクセンチュアが会津若松市と協力して進めている取り組みとしても、地域の製造業が業務システム基盤パッケージ(CMEs)を共同で導入、定型業務を同一プラットフォーム上で共通化することで、導入や利用コストを低減し、製造業各社をそれぞれの差別化領域に注力させるといった取り組みを進めているとする。

  • インドにおける「同意管理基盤(Account Aggregator)」の概要
  • データの扱いに対する考え方の変化のイメージ
  • インドにおける「同意管理基盤(Account Aggregator)」の概要とデータの扱いに対する考え方の変化のイメージ

さらに、そうした新たなビジネスでの活用が期待されるのがジェネレーティブAI(生成AI)の存在となる。日本の経営層からも生成AIへの期待値は高いという調査結果がでているほか、視覚障がい者を生成AIによる画像診断でサポートするなどといった新たな使い方も登場しており、「アトムとビットの融合についての重要な役割も果たす」とアクセンチュアでは認識を示す。

「顧客のデジタルツインによって生み出されたデータから、デジタルクローンを生み出し、それを実際の顧客とみなして、マーケティングなどを行っていくことで、そこから新たなフィードバックを得て、これまで以上の早さでサービスの開発を可能とする」というように、生成AIを介して、個人をより深く理解した企業がその個人のデジタル・バディとして寄り添い、その個人にさまざまな体験を提供するAI Transformation(AIX)が実現される可能性もでてきたとする。

  • AIXのイメージ
  • AIXのイメージ
  • DXの進化の方向性の1つとなるAIXのイメージ

ただし、生成AIについては必ずしもバラ色の世界だけが広がっていくわけでもないことにも指摘している。例えば生成AIの使用方法として、米国ではアイデアの種の探索であったり、文書作成・メールへの返信が主となっているが、日本ではビジネスメールなどの定型文の自動生成や必要な情報のリサーチといったクリエイティブとは離れた部分での活用が多いことが注目されるとする。こうした単純利用が続くとどういうことになっていくのかというと、熟練者やプロが生成AIを活用していく場合においては、その解答の中に含まれるまことしやかな嘘に気づくことができ、それを指摘して、アイデアの深掘りをして、より良いものにブラッシュアップしていくことが可能な一方、未経験者などは生成AIに教えてもらうといった手順を踏みつつも、そこの真偽のほどの判断は難しいことから、正しい学習につながらず、結果として自身の成長につながらない可能性が生じる。そうなると、自身の作業仮説やアイデアの抽出など、深掘りした取り組みは熟練者やプロが行えば良い、という判断が介在してくることになる。生成AI登場前の時代は、その分野がどういったものであるかを知る最初の取り組みとして単純作業から慣らしていくことで、徐々に仕事の全体感を掴んでいき、そこから仕事の幅を広げ、熟練者になっていくという育成プロセスがあったが、そうした単純作業が生成AIに取られてしまうことになれば、最終的には熟練者と未経験者や初学者との隔絶が広がっていくことになり、次世代の人材育成に支障が生じるといった懸念が生じることになる。

  • 生成AIの単純利用の先にある未来
  • AIによる基礎レベルアップ支援
  • 生成AIの単純利用の先にある未来が懸念されるが、AIによる基礎レベルアップ支援が有効であることも分かっている

「ここを一番考えないといけないところだが、希望があるとすれば、スキルが低い若手社員の基礎力の向上にはAIの支援が有効であることも分かっている。AIから学んで、新しい世界を切り開いていくことが経験の浅い人たちは取り組んでいく必要がある。そのためには、AIから学ぶための基礎などの提供が求められるようになってくる」と、AIを使いこなせない人こそ、AIを活用してリスキリングしていくことの重要性を指摘する。

そして最後の“フロンティアの果てへ”という話題。テクノロジーの発展により、時間やコストの大幅な削減が可能となってきたのは事実であり、その結果として、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)に代表されるように、テクノロジーとサイエンスのフィードバックループの高速化による新たな知見を得ることが可能となってきた。これは、テクノロジーの強化により、サイエンスは研究室の中だけのものではなく、ビジネスに活用できるレイヤに引き上げられることを意味する。

  • サイエンスとテクノロジーのループ

    HPCの高性能化やAIの進化は実用的なシミュレーションの実現などサイエンスの領域に革新をもたらした。その結果、研究開発に必要とする時間やコストは大幅に削減され、ビジネスとしてサイエンスの成果をテクノロジーに転換することが可能となってきた

「テクノロジーとサイエンスの高速ループは、一部の企業だけにメリットをもたらすかというと、数珠繋ぎでさまざまな業界に影響を及ぼしていくため、実は広く波及していくことになる。例えばESG課題へのサイエンス活用としてPFASの分解方法の検証といった取り組みなどが進められているが、こうしたESG課題を1社のリソースだけで解決しようとするのは困難であり、さまざまなバリューチェーンで検討・横断して、バリューチェーンの中でノウハウなどを共有していく必要がある。そのため、横断型のコンソーシアムであったり、パートナリングの取り組みが重要になる」と山根氏も、広範な企業がサイエンスの進展がビジネスに影響を及ぼすことを認識すべきであり、そうした時代には「Strategy」「Architecture」「Work」「People」「Innovation」の5つの問いが企業に対して常に問われることとなるため、企業そのものの有り様そのものを再発明していくことが求められることになるとしている。

  • サイエンスの深化
  • サイエンスの深化
  • サイエンスの深化はさまざまな産業に影響をもたらすことにつながる

なお、こうした時代において、そうした企業横断型の取り組みを推進していくためには、その取り組みに対するビジョンを掲げる人材の存在が重要になってくると同氏は指摘している。特に、複雑化するテクノロジーとサイエンスの高速ループに対応していくためのコンソーシアムであったりパートナリングの実現には、多くのステークホルダの参加が必要となってくるため、さまざまな思惑を持つそれら参加者たちの意思を1つにし、けん引していくことが求められる。そのためには、最終的な目標を目指せるだけのビジョンと、それをけん引できるだけの熱量を持った存在が重要であり、それを許容できるだけの企業としての度量そのものも試される時代が来たと言えるだろう。

  • ビジョンを掲げる人材が必要

    バリューチェーンを横断して取り組みを推進していくためには、それをけん引するためのビジョンを掲げる人材が必要となる

デジタルツインで世界の垣根がなくなっていく今後、日本企業の中からそうしたビジョンを掲げる人材がどれだけ輩出されるのか、企業としての心意気そのものが問われる時代となりそうである。

  • 企業の在り方そのものも社会に溶け込んでいく可能性もある

    現実とデジタルが滑らかに融合していく世界においては、企業の在り方そのものも社会に溶け込んでいく可能性もある